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RESEARCH

鍼刺激で脳血流はどう変化するのか

ASL-MRIを用いた、うつ病患者の脳血流研究

 鍼刺激を受けているとき、脳ではどのような変化が起きているのでしょうか。

 鍼刺激と脳機能の関係については、fMRIをはじめとする脳画像研究が行われてきました。一方、うつ病患者の脳が鍼刺激に対してどのような即時反応を示すのかについては、十分に分かっていない点があります。

 Matsuuraらは、ASL-MRIを用いて、うつ病患者に鍼刺激を行った際の脳血流変化を検討しました。本ページでは、この研究結果と、その解釈について紹介します。

ASL-MRIとは

 ASLは、Arterial Spin Labelingの略称です。

 MRIを用いて脳血流を評価する方法の一つで、動脈血中の水分子を磁気的に標識し、脳組織へ流入する血液量を測定します。

 造影剤を使用せず、脳の各領域における血流を定量的に評価できることが特徴です。

 脳血流は神経活動そのものを直接測定しているわけではありませんが、脳の活動に伴う血流変化を捉える指標として、さまざまな神経・精神疾患の研究に用いられています。

この研究で検討したこと

 本研究では、再発性のうつ病患者11名と健常者14名を対象に、鍼刺激中および刺激後の脳血流変化をASL-MRIで評価しました。

 使用した経穴は、合谷(LI4)、内関(PC6)、足三里(ST36)、太衝(LV3)の4穴です。

 脳血流は、①鍼刺激前・②鍼刺激中・③鍼刺激後の各時点で測定されました。

 

 この方法により、鍼刺激に対する脳の反応を時間経過に沿って検討しています。

 

鍼刺激によって脳血流はどう変化したのか

 うつ病患者では、鍼刺激に伴い、中心後回や前頭前野を含む領域で脳血流の増加が認められました。

 また、中前頭回では刺激終了後にも脳血流の増加が認められました。

 中前頭回には背外側前頭前野(DLPFC)と呼ばれる領域が含まれます。

 DLPFCは、注意、認知制御、意思決定、感情調節などに関わる脳領域であり、うつ病との関連について多くの研究が行われています。

 一方、刺激後には扁桃体と後部帯状皮質で脳血流の低下が認められました。

 扁桃体は情動処理、後部帯状皮質は自己関連的な情報処理やデフォルト・モード・ネットワークとの関連が知られている領域です。

 今回の結果では、鍼刺激に対して脳全体の血流が一様に増加したわけではありません。

 増加する領域と低下する領域があり、脳領域によって異なる反応が認められました。

 

うつ病患者と健常者では反応が異なっていた

 本研究では、うつ病患者と健常者の脳血流反応も比較しています。

 うつ病患者では、健常者と比較して、体性感覚や認知機能に関連する脳領域の反応が強く認められました。

 一方、情動や記憶に関連する脳回路では、異なる血流反応が確認されています。

 この結果から、同じ鍼刺激であっても、うつ病患者と健常者では脳の反応が同じではない可能性があります。

 鍼刺激は末梢から中枢神経系へ感覚情報を入力します。その情報を脳がどのように処理するかは、疾患や脳機能の状態によって異なる可能性があります。

鍼刺激は辺縁系―皮質ネットワークに影響するのか

 うつ病では、前頭前野と扁桃体などの辺縁系を含む神経回路の機能変化が研究されています。

 今回の研究では、鍼刺激後に前頭前野の脳血流増加と、扁桃体の脳血流低下が認められました。

 著者らは、この脳血流パターンについて、鍼刺激がうつ病に関連する辺縁系―皮質ネットワークを調節する可能性があると考察しています。

 特に興味深いのは、身体への感覚刺激を起点として、体性感覚に関連する領域から認知・情動に関連する脳領域へ反応が広がっている点です。

 このような作用は、末梢から入力された感覚情報による「bottom-up」の神経調節という視点から検討されています。

 

脳血流が変化したことと、症状が改善することは同じではない

 この研究を解釈するうえで、注意すべき点があります。

 脳血流の変化が認められたことと、うつ症状が改善したことは同じではありません。

 今回の研究は、一回の鍼刺激に対して脳がどのような即時反応を示すのかを検討した研究です。

 鍼治療を一定期間継続した際の治療効果や、脳血流変化と症状改善との直接的な関係を検討した研究ではありません。

 また、対象者数はうつ病患者11名、健常者14名と少なく、探索的な研究として行われています。

 したがって、この結果だけから「鍼によって前頭前野が改善する」「脳血流が変化するため、うつ病が改善する」と結論づけることはできません。

 一方で、鍼刺激に対する脳の即時反応を、脳血流という生理学的指標を用いて示した点は重要です。

この研究から考えられること

 鍼灸の作用は、「自律神経を整える」「リラックスさせる」といった言葉だけで説明されることがあります。

 しかし、実際の生体反応はそれほど単純ではありません。

 今回の研究では、鍼刺激に対して脳血流が一様に増加するのではなく、脳領域によって異なる反応が認められました。また、うつ病患者と健常者でも反応のパターンに違いがみられています。

 鍼刺激という末梢からの感覚入力が、中枢神経系でどのように処理されるのか。

 そして、疾患のある状態では、その反応がどのように異なるのか。

 本研究は、メンタルヘルス領域における鍼灸の作用を考えるうえで、その一端を示した探索的研究と位置づけられます。

 作用機序を検討する研究と、患者さんに対する臨床効果を検討する研究は分けて考える必要があります。

 当院では、研究結果を過度に一般化せず、その研究で何が分かり、何がまだ分からないのかを確認しながら、鍼灸の臨床的な位置づけを考えています。

 

参考文献

Matsuura Y, Kikuchi T, Yamaguchi S, Yoshimasu H, Matsuda H, Okudaira T, Yasuno F, Sakai T, Tsuchiya K.

An arterial spin-labeled magnetic resonance imaging study of brain activation in patients with major depressive disorder during acupuncture stimulation: An exploratory study.

Psychiatry Research: Neuroimaging. 2026;360:112220.

doi: 10.1016/j.pscychresns.2026.112220

メンタルヘルス領域の鍼灸について

 当院では、精神症状と身体症状を別々に捉えるのではなく、睡眠や身体症状、これまでの経過を含めて状態を確認しています。

 医療機関での治療を継続しながら、補完的な治療の一つとして鍼灸を行っています。

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

​全日本鍼灸学会認定鍼灸師

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史
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