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RESEARCH

メンタルヘルス領域の鍼灸と脳機能

脳画像研究と神経可塑性研究から、現在わかっていること

 「鍼刺激は脳に作用する」と説明されることがあります。

 実際、fMRIなどの脳画像技術を用いて、鍼刺激や鍼治療の前後で脳活動に関連する指標を調べた研究が行われています。一方、脳画像に変化が認められたことと、症状が改善する仕組みが明らかになったことは同じではありません。

 本ページでは、人を対象とした脳画像研究と、動物を対象とした神経可塑性研究を分けながら、鍼刺激と脳機能の関係について紹介します。

 

鍼刺激と脳の関係は、どのように調べるのか

 鍼刺激と脳機能の関係を調べる方法の一つに、機能的MRI(fMRI)があります。

 fMRIは神経細胞の活動を直接測定する検査ではありません。脳活動に伴う血流や血液酸素化の変化を利用し、脳機能を間接的に評価します。

 鍼灸研究では、刺激中の脳反応を調べるだけでなく、治療前後の安静時fMRIを比較する研究も行われています。その一つが、安静時機能的結合(resting-state functional connectivity:rsFC)の評価です。

 離れた脳領域の活動が、安静時にどの程度連動しているのかを解析します。つまり、「脳のどこが活動したのか」だけではなく、脳領域同士のつながりがどのように変化したのかを検討する方法です。

「一つの脳領域」だけで鍼の作用を説明することは難しい

 メンタルヘルス領域の脳画像研究では、前頭前野、前帯状皮質、扁桃体、海馬、線条体など、さまざまな脳領域が検討されています。しかし、「前頭前野は意欲」「扁桃体は不安」というように、一つの脳領域と一つの症状を単純に対応させることはできません。

 現在の鍼灸の脳画像研究では、感情処理、認知、報酬、睡眠などに関係する神経ネットワークや機能的結合の変化が検討されています。

 鍼刺激によって特定の部位を「活性化する」というより、複数の脳領域の関係がどのように変化するのかを見る研究が増えています。

fMRI 鍼灸

うつ病患者では、扁桃体を中心とした機能的結合が検討されている

 2016年、Wangらは、うつ病患者46名を対象に、鍼治療と抗うつ薬フルオキセチンを併用した群と、偽鍼とフルオキセチンを併用した群を8週間比較しました。

 治療前後に安静時fMRIを行い、扁桃体を中心とした機能的結合を評価しています。

 実鍼を併用した群では、偽鍼群と比較して、左扁桃体と前帯状皮質、右扁桃体と海馬傍回などの機能的結合に変化が認められました。また、扁桃体と前帯状皮質の機能的結合の変化は、抑うつ症状の評価尺度の変化と関連していました。

 この研究から、「鍼が扁桃体を正常化した」と断定することはできません。一方、鍼治療の併用前後で、感情処理に関係する脳領域間の機能的結合に違いが生じたことが報告されています。

不眠症では、感情に関わる神経ネットワークが調べられている

 睡眠と感情は密接に関係しています。

 2024年に報告された研究では、不眠症患者60名を実鍼群と偽鍼群に無作為に割り付け、4週間の治療前後に安静時fMRIが行われました。

 実鍼群では偽鍼群と比較して、前帯状皮質、海馬、扁桃体を含む感情関連ネットワークの機能的結合に変化が認められています。また、扁桃体と海馬の機能的結合の変化と不安症状、扁桃体と視床の機能的結合の変化と睡眠効率との間には、関連する傾向が報告されました。

 この研究も、「この脳領域が変化したから不眠が改善した」と因果関係を証明したものではありません。ただし、鍼治療の前後で睡眠だけを評価するのではなく、睡眠と感情に関わる脳ネットワークの変化を同時に検討した研究として興味深い結果です。

 

近年は、報酬系を対象とした研究も行われている

 うつ病では、気分の落ち込みだけでなく、楽しさを感じにくい、意欲が出ないといった症状がみられることがあります。

 こうした症状との関連から、線条体を含む報酬系の神経回路も研究されています。

 2025年に報告された多施設共同研究では、中等度から重度のうつ病患者120名を、SSRI単独群、SSRIと偽皮内鍼の併用群、SSRIと皮内鍼の併用群に無作為に割り付けました。脳画像を用いた解析では、線条体と前頭葉、線条体と小脳の機能的結合などが検討され、皮内鍼治療後に機能的結合の変化が報告されています。

 一方、この研究のMRI解析では治療群と偽鍼群を直接比較する設計ではなく、研究期間やMRI解析の対象者数にも限界があります。そのため、脳画像の結果については探索的な作用機序研究として読む必要があります。

 

神経可塑性とは何か

 神経可塑性とは、経験や学習、環境からの刺激などに応じて、神経系の機能や構造が変化する性質を指します。神経細胞同士の情報伝達の変化、シナプスの形成や再編成など、さまざまな現象が含まれます。

 メンタルヘルス領域では、慢性的なストレスと神経可塑性の変化との関係が研究されています。鍼灸研究においても、鍼刺激が神経可塑性に関連する分子やシナプス構造へどのような影響を与えるのか、動物モデルを用いた検討が行われています。

不眠 鍼灸 基礎研究

BDNFとシナプス可塑性

 神経可塑性研究で頻繁に検討される分子の一つが、BDNF(脳由来神経栄養因子)です。BDNFは神経細胞の生存やシナプス機能などに関わるタンパク質です。

 2023年に報告された慢性炎症性疼痛に伴う抑うつ様行動のラットモデル研究では、電気鍼によって海馬のBDNF/TrkB/CREBシグナルやPSD-95、Synなどのシナプス関連タンパク質に変化が認められました。

 電子顕微鏡を用いた観察では、海馬のシナプス超微細構造についても評価されています。また、別のうつ病モデルラットを用いた研究では、外側手綱核におけるBDNF/TrkB/CREBシグナルや神経・グリア関連指標の変化が報告されています。

 これらの研究から、鍼刺激と神経可塑性との関係が検討されています。

動物研究の結果を、そのまま患者さんに当てはめることはできない

 神経可塑性研究を読む際には、大きな注意点があります。

 BDNFやシナプス構造を詳細に調べた研究の多くは、ラットやマウスを対象とした研究です。

 たとえば、「海馬のBDNFが増加した」「シナプス関連タンパク質が変化した」という結果は、動物の脳組織を採取し、分子生物学的な方法で測定しています。同じことを、鍼治療を受けている患者さんの脳で直接確認したわけではありません。

 

 したがって、鍼をすると人の海馬でBDNFが増える・鍼によって人の神経回路が再構築されると現在の研究から断定することはできません。

 動物研究は、鍼刺激によって生じる可能性のある生物学的な仕組みを調べる研究です。

 患者さんへの治療効果を示す臨床研究とは、役割を分けて考える必要があります。

 

脳画像の変化も、治療効果そのものではない

 fMRI研究についても同様です。

 治療前後で機能的結合に変化が認められたとしても、その変化が症状改善の原因であるとは限りません。症状が改善した結果として脳機能が変化した可能性もあります。

 また、鍼刺激そのものだけでなく、触覚や痛覚などの感覚入力、治療環境、期待など、複数の要因が脳反応に影響する可能性があります。

 脳画像研究は、鍼刺激に対して中枢神経系がどのように反応するのかを理解するための方法の一つです。脳画像が変わったことを、そのまま治療効果の証明として扱うべきではありません。

現在の研究から、どこまで言えるのか

 人を対象とした脳画像研究では、鍼治療の前後で、扁桃体、前帯状皮質、海馬、線条体などを含む神経ネットワークの機能的結合に変化が報告されています。

 動物研究では、BDNF/TrkB/CREBシグナルやシナプス関連タンパク質など、神経可塑性に関わる指標への影響が検討されています。

 これらの結果は、鍼刺激が単純な局所刺激にとどまらず、中枢神経系との関係を持つことを検討する材料になります。一方、「どの脳領域を変化させれば症状が改善するのか」「神経可塑性の変化が人の治療効果にどの程度関与しているのか」については、まだ明らかではありません。

 現時点では、複数の神経ネットワークや生物学的機序が関与する可能性を検討している段階と考えるのが適切です。

 

当院では、研究結果と臨床効果を分けて考えています

 鍼灸の作用機序を調べる研究は、日々の臨床を考えるうえで重要です。

 しかし、作用機序の研究結果だけを根拠に、「この鍼で前頭前野を活性化する」「神経可塑性を改善する」と説明することは適切ではないと考えています。

 脳画像研究や基礎研究で分かることと、臨床研究で分かることには違いがあります。

 当院では、それぞれの研究結果と限界を確認したうえで、実際の患者さんでは症状や睡眠、身体症状、日常生活がどのように変化しているのかを経過の中で評価しています。

 研究で示されている作用機序を、目の前の患者さんの治療効果と安易に結びつけない。そのうえで、鍼刺激が身体と中枢神経系にどのような影響を与えるのかを考えることが重要だと考えています。

参考文献

Wang X, Wang Z, Liu J, et al. Repeated acupuncture treatments modulate amygdala resting state functional connectivity of depressive patients. NeuroImage: Clinical. 2016;12:746-752.

doi: 10.1016/j.nicl.2016.07.011

Jiang TF, Chen ZY, Liu J, et al. Acupuncture modulates emotional network resting-state functional connectivity in patients with insomnia disorder: a randomized controlled trial and fMRI study. BMC Complementary Medicine and Therapies. 2024;24:311.

doi: 10.1186/s12906-024-04612-0

Wu X, Tu M, Yu Z, et al. The efficacy and cerebral mechanism of intradermal acupuncture for major depressive disorder: a multicenter randomized controlled trial. Neuropsychopharmacology. 2025.

doi: 10.1038/s41386-024-02036-5

Yang P, Chen H, Wang T, et al. Electroacupuncture promotes synaptic plasticity in rats with chronic inflammatory pain-related depression by upregulating BDNF/TrkB/CREB signaling pathway. Brain and Behavior. 2023;13:e3310.

doi: 10.1002/brb3.3310

Tong T, Chen Y, Hao C, et al. The effects of acupuncture on depression by regulating BDNF-related balance via lateral habenular nucleus BDNF/TrkB/CREB signaling pathway in rats. Behavioural Brain Research. 2023;451:114509.

doi: 10.1016/j.bbr.2023.114509

鍼刺激と脳血流の研究

 脳機能を評価する方法には、fMRIによる機能的結合の解析だけでなく、脳血流を定量的に評価するASL-MRIがあります。

 うつ病患者に鍼刺激を行った際の脳血流変化について、以下のページで紹介しています。

【ASL-MRIを用いた鍼刺激と脳血流の研究】

メンタルヘルス領域の鍼灸について

 当院では、精神症状と身体症状を分けず、睡眠や身体症状、これまでの経過を含めて状態を確認しています。

 メンタルヘルス領域における当院の治療方針については、以下のページで紹介しています。

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

​全日本鍼灸学会認定鍼灸師

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史
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