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多彩な更年期症状と鍼灸治療

-東洋医学からみる更年期障害-

松浦知史 監修

 更年期症状は多彩で個人差が大きいのが特徴のひとつです。この更年期症状は経済的にも大きな損失となり、国家レベルで早急に対応すべき問題とされています。そんな中、更年期障害に対する鍼灸治療が注目され始めています。

  • 更年期とは?

日本人の閉経の平均年齢は50.5歳で、この前後の10年間を更年期と呼びます。

 更年期になると、卵巣からの女性ホルモンの分泌が低下することにより、様々な身体的・精神的変化を引き起こすことはよく知られています。一方で、更年期は女性自身にとってもまた周囲の方々にとっても様々な節目を迎える時期でもあり、精神・心理的な要因や社会・文化的な環境因子などが複合的に強く影響することで、更年期女性には多種多様な症状を出現させることにも繋がります。

  • 更年期障害とは?

更年期における症状がひどくなり、日常生活に支障をきたす状態を指します。

 更年期に出現する多種多様な症状がひどくなり、日常生活に支障をきたす状態を『更年期障害』と呼びます。エストロゲンの分泌量の低下はすべての女性に起こりますが、全員が日常生活に支障をきたす症状が起こるわけではありません。更年期障害の発症には、それを引き起こす様々な背景が関与していると言われています。

更年期とは
  • 更年期障害にはどんな症状があるの?

更年期には多彩な症状が出現し、その種類は100をも超えると言われています。

更年期に伴う動悸や息切れ
自律神経
動悸
息切れ
​​頭痛
PMSやPMDDで悩む女性
月経の異常、生理痛

代表的な症状

肩を痛めている女性
ホットフラッシュ
血管運動神経
ほてり
​発汗
冷え
身体症状
​肩こり​
腰痛
関節痛
精神症状
憂うつ
​イライラ
不安
泌尿生殖器
頻尿
尿漏れ
​下腹部の張り感

 更年期にエストロゲンの分泌量が低下すると、それまでエストロゲンによって調節されていた様々な機能がうまく働かなくなります。脳の視床下部は卵巣が指令通りにエストロゲンを分泌しないことで、混乱してパニックに陥ります。
 視床下部には、体温の調整をはじめ、生理現象の中枢を司る自律神経を調整する働きがあり、視床下部がパニックを起こすと自律神経のバランスも崩れて調節がうまくいかなくなります。このような身体の大きな変化をきたす更年期には多彩な症状が出てきてしまいます。

  • 当院の特徴について

当院に受診される年齢層は30~60代の女性が多く、必然的に更年期症状を取り扱うケースも多いです。

 過半数の臨床像は、心身の不定愁訴を訴える頻度が多いです。例えば、肩こりや顔面熱感、のぼせなどの身体症状とイライラ、憂うつ、不眠などの精神症状を合併しています。また、当院の受診動機は極力薬を使いたくなく、根本的に心身の不調を改善したいと希望して来院されるケースが多いです。その他、婦人科や精神科にも通院しながらも当院に症状の軽減や減薬などを目的に来院するケースもあります。

  • 更年期障害のチェックリスト

 生理不順になってきていて、前述のような症状を訴える場合には、更年期障害を疑いますが、他の病気(糖尿病や甲状腺機能低下症、メニエール病、変形性関節症など50歳近辺で頻度が多くなる病気)が隠れている場合もあるため、一度医療機関を受診することをお勧めします。

\ CHECK /

✓ 顔がほてる

✓ 汗をかきやすい

✓ 腰・手足が冷えやすい

✓ 息切れ・動悸がする

​✓ 寝つきが悪い・眠り浅い

✓ 怒りやすく、イライラする

✓ くよくよ・憂うつになることがある

✓ 頭痛・めまい・吐き気がする

✓ 疲れやすい

✓ 肩こり・腰痛・手足の痛み

  • 最新の研究から標準的な治療法とその治療効果を把握する

 当院における鍼灸治療の方法は、特定の方法(流派)にこだわらず、当核患者にあてはめようとしている治療法について吟味するようにしています。それは現代鍼灸、中医鍼灸、日本伝統鍼灸などの治療法の中から一度頭をフラットにしてあらゆる可能性について検討したいからです。つまり、自分が今まで学んできたことの中から実現可能なベストな解決策を導き出すようにしています。また、最新の研究ではどのようなコンセンサスが得られていて、標準的な鍼治療の方法やその治療効果についても把握するようにしています。

Q.更年期症状に鍼灸って有効なの?

​A.鍼灸は『有効』です。

  • BMJ Openに掲載された論文

Efficacy of a standardised acupuncture approach for women with bothersome menopausal symptoms: a pragmatic randomised study in primary care (the ACOM study)

中等度から重度の更年期症状を有する70名を対象に鍼治療を受けた群(36名)と受けなかった群(34名)をランダムに振り分け、標準化された鍼治療を6週間実施したところ、鍼治療群の更年期症状は介入後より速やかに軽減した

​ この研究は2016年9月下旬~2016年12月中旬にデンマークで行われ、9人の医師(鍼灸の研修を一定時間受けた)が指定された経穴に鍼治療を行いました。本研究では、6週間の研究期間という短い期間ではありましたが、鍼治療を受けた群は介入後より速やかに症状が軽減しました。

Q.なんで鍼治療が効くの?

​A.近年、基礎研究において鍼治療の作用機序が分かってきました。

  • Nature and Science of Sleepに掲載された論文

Efficacy of a standardised acupuncture approach for women with bothersome menopausal symptoms: a pragmatic randomised study in primary care (the ACOM study)

更年期における気分障害と睡眠障害に対する鍼治療のいくつかのエビデンスを要約した結果、多くの研究で更年期に伴う症状を軽減させ、さらに血中の女性ホルモンも調整することが明らかとなった

基礎研究においては、ラットを用いたうつ病と睡眠障害のモデルに対して鍼治療を実施したところ、総睡眠時間が延長し、不安・抑うつ様の行動が軽減した。そして、これらの作用機序は①視床下部-下垂体-副腎系および視床下部-下垂体-卵巣系などの過活動の抑制、②女性ホルモンやその受容体の調節、③神経伝達物質の調節、シグナル伝達経路の活性化や不活性化、酸化ストレスなどが関与することがわかった

鍼灸のメカニズム

東洋医学からみる更年期障害

 更年期障害には「のぼせ型」や「上熱下寒型」があります。患者さんをよく観察していると、身体の上部の「のぼせ」が表面に出ていますが、その裏に下半身の「冷え」が伴っていることが多いです。また、一時代前の更年期障害は「血の道症」といわれ、現代医学的な面からは「骨盤充血症」や「骨盤内鬱血症候群」などと呼ばれていたこともあったようです。注意深い医師は、更年期障害の患者さんには下腹部に圧痛を認め、瘀血(血のめぐりの悪さ)と深くかかわっていることに気づいていたのかもしれません。

女性の一生と生理的変化

 更年期障害を東洋医学的に理解するためには、女性の一生の生理的変化を知らなければなりません。東洋医学ではよく取り上げられるのが『素問』に最初に出てくる「上古天真論」が有名です。ここでは加齢により女性の臓器、経絡、気血が成育・衰弱していく様子が具体的に書かれています。

『素問 上古天真論』(※筆者の解釈)

7歳で腎の働きが活発になり、歯が生え替わりはじめ、髪も長くなる。

14歳で天葵(腎の精気)が充満し、任脈がスムースに流れるようになり、太衝脈が旺盛になり月経が始まるので子供を産めるようになる。

21歳になると腎気は充実し、親知らずが生えて体格は頂点に達する。

28歳になると筋骨がさらに充実し、毛髪は最も長く豊かになり、身体も盛壮になる。

35歳になると陽明経脈(大腸経・胃経)の機能が衰えて、顔色も衰え始め、髪が抜け始める。

42歳になると三陽の脈が衰えるので、顔もみんな衰えて白髪が多くなる。

49歳になると任脈が虚し、太衝脈も衰えて天葵が尽きるので子供が作れなくなる。

この時期に更年期障害が発症しやすいと考えられます。現代医学的にもちょうどエストロゲンの分泌量が低下していく時期に一致しています。つまり、腎の働きはエストロゲンの分泌の推移と一致していると考えることもできます

エストロゲンの分泌量の推移

 以上のように女性の場合、「腎」の機能の盛衰はエストロゲンの分泌の推移と類似しています。腎の機能が低下すると閉経期に近づき、様々な症状が出てきます。この腎の機能低下は自然な生理過程ではありますが、なかには平素の体質が弱く、また精神的な要素の影響もあって、一時的な生理の変化に対応できず陰陽両機能のアンバランスにより臓腑機能の失調をきたし、多彩な症状が出てきてしまう人もいらっしゃいます。

 腎の機能低下のことを専門的には「腎虚」と呼び、この腎虚には「腎陰虚」と「腎陽虚」に分類することができます

腎陰虚

 東洋医学には陰陽という概念があります。陰陽というのはバランスを保つことで身体の機能は維持されています。しかし、何らかの原因で”陰”が不足すると、相対的に”陽”のほうが多くなってしまうので、身体には熱症状、つまり顔がほてる、汗をかきやすい、頭痛・めまい・吐き気、口や咽頭の乾燥するが水は飲みたくないなどの症状が出やすくなってしまいますまた、”陰”は夕方~明け方までの時間帯で活発に働き、脳の疲労を取ったり、身体をリラックスさせたりする、いわゆる副交感神経のような働きをしてくれます。陰虚になるとこの副交感神経が十分に働かないため、寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなるといった症状も出てきてしまいます。これらの現象のことを専門的には「腎陰虚肝陽上亢」と呼びます。この陰虚と陽亢のために様々な症状が出てきてしまいます。

陰陽のバランス

 また、腎は五臓の「心」とも大きくかかわっているので、腎の異常は心にも影響してきます。腎精不足により腎陰虚となると、心陰を滋養できなくなるので「心陰虚」も併発してしまいます。これを東洋医学では「腎は心を尅する関係にある」と表現しています。

 「心陰虚」と「腎陰虚」が併発してしまった状態を「心腎陰虚」と呼び、前述した腎陰虚の症状に加えて、循環器系の症状(息切れ・動悸、胸苦しい、胸痛など)と不安症状が加わってきます。

心と腎のかかわり

腎陽虚

 一方、何らかの原因で”陽”が不足すると、相対的に”陰”のほうが多くなってしまうので、身体には寒症状、つまり腰・手足が冷えやすくなったり、疲れやすかったり、肩こり・腰痛・手足の痛みなどの症状が出やすくなってしまいます。また、腎の温める働きが弱くなり、胃腸が冷えてくるので脾陽虚を伴いやすく、下痢、軟便、食欲不振や下半身の冷えなどの症状も出てきます。

陰陽のバランス
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