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参議院:あはき法に関する質問主意書(第198回国会)

 近年、整体やカイロプラクティック、リラクゼーションなど、いわゆる手技療法を提供する施設は全国的に増加しています。これらの施術の中には国家資格を必要としないものも多く、消費者事故や健康被害の報告があることから、その法的位置づけがしばしば議論の対象となってきました。

 こうした背景の中で、参議院議員の櫻井充は、第198回国会において「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(あはき法)」に関する質問主意書を提出しました。質問の中心は、「医業類似行為」という概念の法的意味と、無資格施術との関係を明確にすることにあります。

 

 質問主意書は、国会議員が政府の見解を公式に問う制度であり、政府は閣議決定を経た答弁書によって回答します。本件では、櫻井議員の問題提起に対し、政府がどのようにあはき法の概念構造を整理しているのかが示されました。

 

参照
質問主意書

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/198/syuh/s198062.htm

答弁書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/198/touh/t198062.htm

まずは結論

  1. 医業類似行為という概念には、あはき師など資格者の施術も含まれると政府は解釈している。

  2. あはき法第12条の規制対象は、健康に害を及ぼすおそれのある業務行為に限られると整理されている。

  3. 櫻井議員は、医業類似行為=無資格施術ではないかという問題提起を行ったが、政府はこの整理を採用しなかった。

  4. 政府は、医業類似行為を資格施術と無資格施術を含む包括概念として維持した。

  5. 無資格施術の規制については、個々の行為が健康被害を生じる可能性を基準として判断するという従来解釈が再確認された。

 

​医業類似行為の制度構造

医業(医師)
   │
   └─ 医業類似行為
        │
        ├─ 国家資格による施術
        │     ├ はり
        │     ├ きゅう
        │     └ あん摩マッサージ指圧
        │        (あはき法による制度)
        │
        └─ 無資格施術
              ├ 整体
              ├ カイロプラクティック
              ├ リラクゼーション
              └ その他手技療法

この問題で何が起こったのか?

 本件で起こったことを端的にいえば、櫻井議員が法概念の不整合を突き、政府はその不整合を解消する方向には進まず、既存解釈の枠内で答弁したということです。

 

 櫻井議員は、無資格施術による健康被害という現実的な問題を背景にしながら、単なる事故論ではなく、より深い法的問題を提起しました。すなわち、社会では「医業類似行為」という語が、資格施術も無資格施術も含むように使われる一方、あはき法第12条の文脈では、むしろ無資格者の施術を問題にしているようにも読めるのではないか、という問題です。

 この問いはかなり本質的です。なぜなら、同じ語を広い意味と狭い意味で使っているなら、資格者と無資格者の境界が国民にとって分かりにくくなるからです。櫻井議員はそこを、仙台高裁判決昭和35年最高裁判決厚生省通知平成3年通知を並べて問い詰めています。

 これに対して政府は、櫻井議員の整理枠組みをそのまま受け入れず、「意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難」としつつ、厚生労働省の従来解釈を示しました。つまり、医業類似行為という概念は広く維持するが、規制対象は危害のおそれのある行為に限定するという二段構えです。

🔹 櫻井議員の問題提起

1. 「医業類似行為」は二重の意味で使われていないか?  櫻井議員の最初の問題提起は、「医業類似行為」という語の射程です。  質問では、一般にはこの語が、国家資格のある施術と、資格制度のない施術という二つに大別された施術を含む用語として理解されているのではないかと問いかけています。  さらに櫻井議員は、広義の医業類似行為と狭義の医業類似行為という整理を持ち込みます。広義には、あん摩、マッサージ、指圧、はり、きゅう、柔道整復など法律で公認されたものも含む。狭義には、それ以外の無資格施術を指す。そう理解されているのではないか、という問いです。  ここでの焦点は、単なる言葉の定義ではありません。櫻井議員は、この二重構造が制度上の混乱を生んでいるのではないかと見ています。

2. あはき法第12条の「医業類似行為」は無資格施術のみではないか?  質問の中核はここです。櫻井議員は、仙台高裁昭和29年6月29日判決の定義を引用し、あはき法第12条における「医業類似行為」には、資格者がその資格の範囲内で行う施術は入らず、無資格者が行う施術のみが含まれると考えられるのではないか、と政府に見解を求めています。  この問題提起は極めて重要です。もしこの整理が認められれば、資格者施術と無資格施術は概念上かなり明確に切り分けられるからです。櫻井議員は、あはき法第12条の文理、裁判例、通知解釈を手掛かりに、その方向での整理を迫っています。

3. 厚生省通知との整合性  櫻井議員はさらに、昭和35年3月30日付医務局長通知を持ち出します。そこでは、最高裁判決は「手技、温熱、電気、光線、刺戟等の療術行為業について判示したもの」であり、「あん摩、はり、きゅう及び柔道整復の業に関しては判断していない」との解釈が示されている、という点を問題にしています。  この通知を前提とすると、あはき法第12条の医業類似行為には、資格者が行うあはき施術は含まれないという理解が自然ではないかというのが櫻井議員の論理です。つまり、政府自身の過去の通知も、むしろその方向を示しているのではないか、と迫っているわけです。

4. 国民の理解の混乱  櫻井議員はさらに一歩進めて、もし一般には資格施術を含めて「医業類似行為」と理解される一方、法解釈上は無資格施術だけを指すのであれば、国民の理解に食い違いが生じると指摘します。そして、その食い違いは、国家資格者の施術とそれ以外の施術との混同を招き、健康被害につながるおそれがあると述べています。  ここは実務的にも重要です。単に法学的に用語が曖昧だというだけではなく、制度上の曖昧さが国民保護の弱さにつながるという構図を櫻井議員は示しています。

5. 無資格者による医業類似行為をなぜ禁止するのか  質問の後半では、櫻井議員は昭和35年最高裁判決の射程そのものを問います。判決は、医業類似行為が公共の福祉に反するのは「人の健康に害を及ぼす虞」があるからだと述べています。そこで櫻井議員は、その意味を具体的かつ明確に示すよう求めています。  さらに、「人の健康に害を及ぼす虞」の有無は何をもって判断するのか、その法令上の根拠は何か、罪刑法定主義に反しないのか、という論点にまで踏み込んでいます。これはかなり法律論として深い問いです。

6. リラクゼーション産業との政策矛盾  櫻井議員は、経済産業省が推進する無資格者によるリラクゼーション業にも言及しています。もし無資格施術が公共の福祉に反するほど危険なら、なぜ政府はその周辺産業を推進しているのかという政策整合性の問題です。  この問いは、業界保護の主張ではなく、国家としての制度設計と産業政策の整合性を問うものです。その意味で非常に鋭い質問だといえます。

🔹 政府答弁で示されたこと

1. 政府は櫻井議員の整理枠組みを採用しなかった  政府は、一の1及び2について、「一般的に二つに大別された施術を含む用語」や「広義・狭義の医業類似行為」の意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難であるとしました。  ここで重要なのは、政府が櫻井議員の問題設定に乗らなかったことです。つまり、広義・狭義という整理そのものを認めたうえで答えるのではなく、その前提を外したのです。

2. 政府の医業類似行為の定義  そのうえで政府は、厚生労働省としての定義を示しました。直接引用すると、「『医業類似行為』とは、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある『医行為』ではないが、一定の資格を有する者が行わなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為」と解していると述べています。出所:参議院「参議院議員櫻井充君提出あはき法に関する質問に対する答弁書」。  さらに、それには、あん摩、マッサージ、指圧、はり、きゅう、柔道整復のほか、それ以外の手技、温熱等による療術行為で人体に危害を及ぼすおそれのあるものが含まれるとしています。  つまり政府は、医業類似行為を包括概念として広く捉える立場を明示しました。

3. あはき法の「医業類似行為」には資格者施術も含まれる  一の3から5、7及び8に対する答弁で、政府はより明確に踏み込みます。あはき法第1条、第12条、第12条の2第1項を根拠に、あはき法における「医業類似行為」自体には、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の免許を持つ者が行う施術も含まれると解していると答えています。  ここが本件の最大の分岐点です。櫻井議員は、12条の「医業類似行為」を無資格者施術へ絞り込む方向で問いを立てましたが、政府はそれを採用しませんでした。政府の整理は、資格施術も無資格施術も、概念としては同じ「医業類似行為」に入るというものです。

4. ただし規制対象は危険な業務行為に限られる  他方で政府は、二の1及び3から5について、昭和35年最高裁判決を踏まえ、あはき法における医業類似行為は「人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局」されると解していると答えています。出所:同答弁書。  ここは極めて重要です。政府は、概念は広く保ちつつ、禁止処罰の対象は限定すると述べているからです。つまり、 あはき師の施術も概念上は医業類似行為に含まれる。  しかし、無資格者によるすべての施術が一律に違法というわけではなく、健康被害のおそれがある業務行為に限って規制の問題になる。  このような整理です。

5. 危険性判断の基準は示されなかった  櫻井議員は、「人の健康に害を及ぼす虞」の有無を何で判断するのかを具体的かつ明確に問いました。これに対し政府は、「行為の具体的な態様から総合的に判断される」ため、一概に答えることは困難としています。出所:同答弁書。  この点は実務上かなり弱い部分です。なぜなら、何が危険で、どこから規制対象になるのかの一般基準が依然として不明確だからです。櫻井議員はまさにそこを問題にしていましたが、政府は抽象的な回答にとどまりました。

6. リラクゼーション業についての答弁  二の2に対して政府は、経済産業省は、あはき法を含む関係法令の遵守を前提として、リラクゼーション業を含む健康保持増進に資する産業の発達等を所掌しているのであり、立憲主義に反するとの指摘は当たらないと答えています。  ただしこの答弁は、櫻井議員が問うた本丸、すなわち何が適法なリラクゼーションで、どこからが危険な医業類似行為なのかという線引きには答えていません。行政答弁としては整っていますが、実質的な争点にはあまり踏み込んでいません。

7. 特例対象者数は把握していない  二の8に対して、政府は、あはき法第12条の2の特例対象者の現在数は「把握していない」と答えています。ここは細かい点ですが、制度上残っている経過措置的な特例について、政府が現状を十分に把握していないことを示す答弁でもあります。

まとめと感想

 櫻井充議員は、無資格施術の危険性そのものだけでなく、あはき法の概念構造の曖昧さを問題にしていたことが分かります。これに対して政府は、①医業類似行為という概念自体は広い、②その中には、資格者施術も、無資格の療術行為も含まれうる、③しかし実際に規制対象となるのは、健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限られる、④その危険性判断の一般基準は、なお明確ではないという従来解釈を再確認しました。概念は包括的で、規制は限定的、判断は個別具体的という構造です。

 したがって、本件の本質は、単純な「資格者 vs 無資格者」の対立ではありません。むしろ、同一の用語の中に異なる制度層が同居していることをどう説明するかという、日本のあはき法制の構造問題です。櫻井議員はそこを鋭く突きましたが、政府はその再定義には進まず、既存解釈の枠内で答えた、という理解が最も適切です。

 本件に関する質問主意書は再度提出される可能性は十分にあると私は考えています。ただし、その契機は重大な事故が社会問題化した場合、リラクゼーション産業の規制議論医業類似行為の法改正議論医療安全問題としての提起などといった状況が起きた場合です。2019年の時点での政府の答弁は、用語の定義は曖昧に扱い、既存の判例を引用し、新しい基準は提示しないという行政答弁を行っていました。特に、本件では「意味するところが必ずしも明らかではない」「一概にお答えすることは困難」という表現が複数回登場します。しかし、この問題は2019年当時よりも複雑化しています。理由は3つあり、①無資格施術市場の拡大、②健康サービス産業政策、③消費者事故の増加などです。

 特に③の消費者事故の増加に関しては、消費者庁より「法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に」が出されました。

ttps://www.city.osaka.lg.jp/lnet/cmsfiles/contents/0000432/432229/20710526.pdf

 

 “整体、カイロプラクティック、リラクゼーションマッサージなどの法的資格制度がない施術について、事故情報が1,483件集積され、そのうち240件が1か月以上の治療を要する事故で、全体の約16%を占める”と明記されています。少なくとも消費者行政の実務では相当程度意識されていることを示します

 質問主意書では、資格者が行う施術と、それ以外の施術との混同が国民に健康被害を生じさせるおそれがあると述べていますが、消費者庁資料は、まさにその種の危害情報を体系的に示しています。他方で、政府答弁は概念整理そのものには踏み込まず、従来解釈を維持しました。このため、事故情報の蓄積と法概念の曖昧さが併存したまま残った、という見方ができます。

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史

大慈松浦鍼灸院

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