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Acupuncturist

がん患者を事例に、

鍼灸師の役割を考える

◎ 鍼灸師にできること

 みなさん、こんにちは。

 松浦知史です。私は鍼灸師として日々、患者さんと向き合う仕事をしています。

 今回は、「がん患者さんを事例に、鍼灸師の役割」についてお話しします。​​

私が大切にしている「日常」

 まず簡単に自己紹介をさせていただきます。私は音楽を聴いたり、本を読んだりすることが好きで、休日には家族と出掛けたり、散歩をしたりすることが何よりの楽しみです。忙しい日々のなかでも、家族と一緒に食卓を囲む時間や、趣味の読書に没頭するひとときが、私にとっての大切な時間です。

松浦知史 自己紹介

​松浦 知史(まつうら さとし)と申します

1994年生まれの30歳です

ふたりの子どもがいます

不妊期間があり

手術を経験しました

私にとって大切な時間は

​家族と食卓を囲む時間です

鍼灸師として働けることに

​誇りをもっています

不安神経症や不眠症で

​悩んだ時期もありました

​ みなさんにも、同じように大切にしている「日常」があるのではないでしょうか?

 けれども、病気になると、この当たり前の「日常」は一変します。

 

 たとえば「がん」と診断されたとき、検査や治療が生活の中心に入り込み、今までの生活が大きく揺らいでしまいます。(自分事として考えてみます)

がんを抱えた「わたし」

30歳、男性

​●●がん(stage●)

​〇月〇日~入院治療

これからどうなっちゃんだろう…

子どももまだ小さい

親は心配するだろうな…

治療は辛くないだろうか

仕事は続けられるんだろうか

 このように悩みの大きさや種類は、人によって実にさまざまです。
 その人が置かれている状況や環境によっても左右されますし、周囲から見れば「ささいなこと」に見えることでも、本人にとっては大きな意味を持ち、深刻な悩みであることも少なくありません。

 ここでまず、現代医学の役割について考えてみます。

 医師は、病理検査や画像検査などの精密な検査をもとに「がんの種類」「進行度」「治療法」などを決定します。診断や治療方針を定めることは生命に直結するため、何より重要です。ですから、どうしても「診断名」と「治療計画」が中心となります。

 しかしこの過程では、患者さんが抱える倦怠感や不眠、不安や家族との関係の葛藤といった個別の苦しみは、診断名や検査値の背後に隠れてしまいがちです。

​ ここで、ある患者さんの物語を紹介します。

(本ページに記載している事例は、プライバシー保護のため一部内容を変更しています)

​ある乳がん術後患者さんの物語

 60代の女性、乳がんの手術後に抗がん剤治療を受けておられました。
 この方はこう語りました。

 「体がだるく、夜眠れない。食欲もない。髪が抜けたことも本当につらい。家族に心配をかけたくないから笑顔を作っているけれど、ひとりになると涙が出るんです」

 医師からは「副作用は時間とともに軽減する」「数値的には経過は良好です」と説明されました。
 しかし、患者さん自身の生活の中には苦痛が残っていました。

乳がん術後患者さん
鍼灸 緩和ケア

​ 鍼灸師は、この患者さんを「よくみられる症状を抱えた一例」としては見ません。語られた中にある身体的・心理的・社会的な要素を総合して解釈します。つまり、鍼灸師は、「その人の物語」として捉え直します。

 たとえば「不眠」という訴えひとつをとっても、その背景は人によって大きく異なります。ある人にとっては体力の低下が原因かもしれません。別の人にとっては、情緒の不安から眠れなくなっているのかもしれません。また、食欲不振や消化機能の低下と連動している場合もありますし、孤独感のような心のあり方と深く結びついていることもあります。

 

​ ​この捉え方にこそ、鍼灸師の役割があります。

鍼灸 緩和ケア

鍼灸師の仕事= think you
つまり、疾患ではなく「あなた」を診ることです。

 実際の治療では、足三里や三陰交、内関などで消化器の働きや気血を補い、百会や印堂で安眠を促しました。治療の場は、同時に「語りを受け止める場」ともなります。
 家族には言えなかった不安を口にすることで、患者さんは少しずつ心が軽くなっていきました。数回の治療を経て、この患者さんはこうおっしゃいました。
 「夜が少し眠れるようになりました。食欲も戻ってきて、家族と一緒にご飯を食べられるのが嬉しいんです」

 

 この言葉は、まさに鍼灸師の仕事の意味を物語っています。

鍼灸 緩和 ナラティブ

【鍼灸臨床レポート】

Narrative Based Medicineと鍼灸、そして鍼灸師
 

ある胃がん患者さんの物語
 32歳の女性、小川さん〔仮名〕は、進行性のスキルス胃がんと診断されました。医師から「あなたの病気のがんは、根治するのが難しい」と伝えられたとき、それが自分の身に起きている現実だとは、すぐには受け止められなかったそうです。

 診察室で先生の説明を聞いているはずなのに、まるでドラマの一場面を見ているような感覚になり、その後の記憶も曖昧でした。気がついたときには、自宅に戻っていたと話されていました。

 人は、想定をはるかに超える衝撃的な出来事に直面すると、目の前で起きていることを認識していても、それを現実として感じられなくなることがあります。記憶が途切れたり、感情が追いつかなかったりすることもあります。医学的には解離状態と呼ばれることがあり、がん告知に限らず、心に大きなショックを受けた場面でみられることがあります。

 それは、一気に強い衝撃を受けることから心を守るための、防衛反応のひとつなのかもしれません。

 小川さんは、自宅に戻ったあとも放心状態が続き、その日はほとんど眠れなかったそうです。朝方になって少しだけ眠り、目が覚めて起き上がったとき、「昨日のことは本当に現実だったのだ」という実感が一気に押し寄せました。その瞬間、背中がぞっとするような感覚とともに、激しい絶望感に襲われたと話されていました。

 毎年、健康診断にも行っていました。32歳の自分は健康でいるのが当然だと思っていた。大きな病気になるような心当たりもない。それなのに、なぜ自分がスキルス胃がんにならなければならなかったのか。

 「なんで私なんだろう」

 その問いが、頭から離れなかったそうです。

 怒りを抑えきれず、泣いたり、物を壊したり、ご両親に強く当たってしまうこともありました。しかし、いくら怒っても、現実は揺るがず、変わりもしません。やがて怒ることにも疲れ果てると、今度は深い悲しみで気持ちがいっぱいになりました。これからの希望に満ちた未来をあきらめなければならないのかもしれない。そのことを考えると、涙が止まらなかったといいます。

 突然、大きな喪失に直面したとき、人はすぐに現実を受け入れられるわけではありません。茫然自失となり、起きたことが理解できない時期。理不尽な現実に怒りがこみ上げる時期。悲しみでいっぱいになり、涙が止まらない時期。人生はそもそも平等ではないのだという事実に打ちのめされる時期。さまざまな感情を行き来しながら、人は少しずつ、起きてしまったことと向き合っていきます。

 心理学の領域では、こうした過程を喪の仕事と呼ぶことがあります。人は、その骨の折れるプロセスを経て、病気になる前に描いていた人生と少しずつ別れを告げ、新たな現実の中でどのように生きていくのかを模索していきます。

 小川さんが鍼灸と出会ったのは、そのような時期でした。ご両親の勧めもあり、迷いながら鍼灸院に来院されました。

 初めてお会いしたとき、小川さんは半信半疑の様子でした。こちらを疑うような視線も感じました。その背景には、自分より長く生きるであろう私をうらやむ気持ちがあったのかもしれませんし、「あなたには私の気持ちなんか分からない」という思いがあったのかもしれません。

 最初から信頼関係があったわけではありません。むしろ私は、この方と関係性を築くことができるのだろうかと、不安を感じていました。

 それでも、まずはこれまでのいきさつを丁寧に伺いました。がんと診断されるまでのこと、告知を受けたときのこと、その後の心境、ご家族との関係、今何に困っているのか。話を伺ううちに、小川さんは少しずつ、ご自身の気持ちを言葉にされるようになりました。

 そして、あるときこうおっしゃいました。

 「自分はどうしたらよいのか分からない。一緒に考えてほしい」

 その言葉を聞いたとき、私は、鍼灸師として何かを治す以前に、ひとりの医療者として、この方の物語にどう関わるのかを問われているように感じました。

 鍼灸治療では、痛み、腹部膨満感、便秘、吐き気、食欲不振、不眠、不安など、その時々でお困りの症状に対して、できる限りの対応を行いました。もちろん、鍼灸治療によって、がんそのものを治すことはできません。病院での治療を継続しながら、その人が少しでも日常を保ち、自分らしい時間を過ごせるように支えることが、鍼灸師としての役割でした。

 病院に通院しながら鍼灸治療を続ける中で、小川さんは少しずつ、ご自身の言葉を取り戻していきました。ある日、次のように話されました。

 「がんになって、正直悔しいです。今でも、私ががんになったとは考えられないところもあります。でも、今生きられていることに感謝したいし、両親にもできる限りのことがしたいです」

 そして、ご両親がその年の4月に結婚35周年を迎えることを教えてくださいました。

 「そこまでは元気でいたいです。両親と一緒にお食事会をしたいです」

 この言葉が、その後の鍼灸治療における大切な目的になりました。

 症状をゼロにすることだけが目標ではありませんでした。小川さんにとって本当に大切だったのは、ご両親と一緒に記念の日を過ごすことでした。その日を迎えるために、痛みや吐き気を少しでも抑えること、食欲を少しでも保つこと、体力をできるだけ維持すること、不安を抱えながらも日々を過ごせるように支えること。それらが、治療の意味になっていきました。

 なんとか、その願いはかないました。小川さんは車いすで食事会に参加し、ご両親と一緒に時間を過ごすことができたそうです。

 食事の際、ふとご両親と目が合うと、過去の記憶やご両親への思いが、走馬灯のように駆け巡ったと話されていました。喜んでいる姿、悲しんでいる姿、泣いている姿、怒っている姿、心配してくれた姿。そのどれもが愛おしく感じられたそうです。

 「もうすぐこの世を去るかもしれないけれど、その前に、本当に素晴らしい一日を過ごすことができました」

 そう語る小川さんの表情には、病気のつらさだけでは語りきれない、深い満たされた感覚がありました。

 その後、小川さんは入退院を繰り返し、最後は緩和ケア病棟で亡くなりました。亡くなる前、小川さんはご両親に対して、「若くして死ななければならないのは残念だけど、でも私は幸せでした。今までありがとう」と感謝の言葉を伝えられたそうです。

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Narrative Based Medicineとしての鍼灸

 鍼灸師として適切に介入できたかは、正直なところ分かりません。今回の事例に、明確な答えはないと思います。

 それでも、小川さんとともに悩み、ともに考えた時間には、意味があったのではないかと思います。鍼灸治療によって、がんそのものを治すことはできません。しかし、痛みや吐き気、便秘、食欲不振、不安など、その時々の苦痛に対して関わることはできます。そして何より、その人が残された時間をどのように過ごしたいのかを一緒に考えることは、鍼灸師にもできる大切な関わりだったように思います。

 Narrative Based Medicine(NBM)は、患者さんの語り、人生の文脈、価値観を重視する医療の考え方です。検査値や診断名だけでは、その人が何を失い、何を恐れ、何を大切にしているのかまでは見えてきません。

 小川さんにとって大切だったのは、単に症状が軽くなることだけではありませんでした。ご両親の結婚35周年を一緒に祝うこと。おいしいご飯を食べること。感謝を伝えること。そうした何気ない時間を過ごすことが、小川さんにとっての治療目標になっていきました。

 家族と楽しい時間を過ごすこと、おいしいご飯を食べること、誰かと目を合わせて笑うこと。これらは、意識しなければ当たり前のように過ぎ去っていきます。しかし、その何気ない時間こそが、本当は大切で、愛おしいものなのかもしれません。

 鍼灸臨床では、症状を軽くすることだけが目的になるわけではありません。その人が何を大切にしているのか、何を支えにしているのか、どのような時間を少しでも守りたいのか。そうした語りに耳を傾けることで、治療の目標は、施術者が一方的に決めるものではなく、患者さんの人生の中から立ち上がってくるものになります。

 もちろん、NBMはEBMと対立するものではありません。患者さんの語りだけに流されて、医学的妥当性や安全性を見失ってはいけません。がん患者さんへの鍼灸では、病状、治療経過、感染リスク、出血傾向、栄養状態、倦怠感、緩和ケアとの連携などを慎重に確認する必要があります。そのうえで、患者さんの語りを聴き、身体症状と人生の文脈をつなぎながら関わることに、鍼灸師の役割があるのだと思います。

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鍼灸師に問われるもの

 鍼灸師は、病気そのものを治す専門家ではありません。少なくとも、がんのような生命に関わる疾患において、鍼灸師が主治医の役割を担うことはできません。

 しかし、病気を抱えながら生きる人の身体に触れ、その人の苦痛を少しでも軽くし、日常の中に小さな支えをつくることはできます。

 小川さんとの関わりを通じて、私は改めて考えさせられました。家族と楽しい時間を過ごすこと。おいしいご飯を食べること。何気ない会話をすること。誰かと目を合わせて笑うこと。これらは、意識しなければ当たり前のように過ぎ去っていきますが、こうした何気ない時間こそが、本当は大切で、愛おしいものなのではないかと思います。

 鍼灸臨床において、患者さんは単に治療を受ける対象ではありません。ときに、私たちに医療者としての姿勢を教えてくれる存在でもあります。

 まさに、「師は、患者なり」です。

 小川さんとの時間を通じて、私はその言葉の意味を深く考えさせられました。

胃がん患者さん

ある乳がん患者さんの物語
 山田さん(仮名)、58歳。乳がんが骨に転移し、腰や背中の痛みに悩まされながら過ごしていました。抗がん剤治療はすでに終了しており、残された時間をどう生きるかが課題となっていました。

 ご本人は「どうせもう先は短い。鍼なんて意味があるの?」と半信半疑でした。しかし、付き添っていた娘さんの「お母さん、少しでも楽になってほしい」という願いに背中を押され、鍼灸を受けてみることになりました。

乳がん患者さん
乳がん 鍼灸

 初めての治療では、痛みに配慮してごく浅い鍼とお灸を行いました。終わった後、山田さんは小さく微笑み、「なんだか体が軽い」と一言。その笑顔を見た娘さんの目に涙があふれ、「久しぶりにお母さんが笑った」と声を震わせました。

 それから週に数回、治療は続きました。痛みの強い日には、鍼も控えめにして、気持ちが落ち着くように寄り添いました。次第に山田さんは「鍼を受けると心がほっとする」「夜に少し眠れる」と話すようになり、表情に柔らかさが戻ってきました。

 ある日、治療中に山田さんがぽつりと語りました。
 「私は、もうすぐお別れなのに……鍼をしてもらうと、まだ自分の体を大切にしていいんだって思えるの。」
 その言葉に、私はうなぐくだけしかできませんでしたが、胸が熱くなったのを覚えています。

 ちょうどその頃、娘さんの誕生日が近づいていました。山田さんは「最後にどうしても、娘の誕生日を一緒にお祝いしたい」と強く願いました。鍼灸治療の目的は「その日までできる限り穏やかに過ごすこと」へと変わっていきました。

 誕生日当日。山田さんは多少の痛みがありながらも、短い時間だけ食事会をすることができました。ケーキをひとくち口にし、「…幸せ」と小さく呟いたその瞬間、家族の目から涙がこぼれました。

 数週間後、山田さんは静かに息を引き取りました。最後に娘さんは、わざわざ来院してくださり、「母は最後まで母でした。あの日のケーキの時間は、一生忘れません。鍼灸の先生がいてくれて本当にありがたかったです」と話してくれました。

 鍼灸は病気そのものを治すことはできません。しかし、「今、この瞬間をどう生きるか」に寄り添うことはできます。痛みを和らげ、眠れる夜をつくり、そして大切な人と過ごす時間を支えることができます。
 山田さんの物語は、鍼灸が緩和ケアの場で果たせる役割の大きさを改めて教えてくれました。

ある進行がん患者さんの物語

 平石さん(仮名)は70代の男性で、長年町工場を切り盛りしてきました。
 言葉は少なく、背中で語るような人でしたが、その働く姿勢が家族を支えてきました。病いが進行すると、夜になると背中の痛みに耐えられず、眠れない日々が続きました。
 「夜が長い。どうしても余計なことばかり考えてしまう。家族に迷惑をかけてばかりだ」
 そうつぶやく平石さんの顔には、自責がにじんでいました。ご家族の勧めで鍼灸を受けるようになったのは、そのような時期でした。初めは「鍼なんかで効くのか」と半信半疑でしたが、施術を受けたその夜、久しぶりに深い眠りを得られたようです。

 翌朝「おはよう」と妻に声をかけた自分に気づき、平石さんは少し驚いたように笑いました。「…こんなふうに自然に声を出せたのは、いつ以来だろう」と振り返ったそうです。

 

 鍼灸に通ううちに、痛みが軽くなるだけでなく、心の中に少しずつ変化が芽生えました。
「夜中に目が覚めても、『また眠れる』と思えるようになった。前は不安で仕方がなかったのに…」そう話す平石さんの姿に、娘さんは目を潤ませ、「お父さんがそう思えるなら、私も安心です」と微笑みました。

 やがて平石さんは、家族と食卓を囲むときに冗談を口にするようになられたようです。孫が膝に乗ってきたとき、「重いぞ」と言いながらも顔をほころばせる姿は、かつての平石さんそのものだったようです。
 「体は思うようにならないけど、まだ家族と笑い合える。これが一番ありがたい」

 平石さんはそう語り、自分の時間を受け入れる心の余裕を取り戻していきました。

 

 眠れるようになること、痛みが和らぐこと、そして心に余裕が生まれること。
 その変化が、患者さんの表情を変え、ご家族との関わりを深めていくのだと感じました。

進行がん患者さん
鍼灸治療

鍼灸 ―それはがん患者さんとご家族を支えるケア

 私が考える支持医療・緩和ケアに携わる鍼灸師は、がんと診断されたその時から、治療中、治療後、そして残念ながら終末期に至るまで、患者さんとご家族の生活の質(QOL)を守り続けることにあります。

 がんに伴って生じる痛み・倦怠感・しびれ・吐き気・不眠・不安など、「がん治療に支障をきたす症状」に対して、鍼灸は薬物療法と併用しながら補助的に対応できます。

 さらに、治療後や経過観察中に生じる再発への不安や気分の落ち込み、そしてがん治療によって生じてしまった化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)慢性的な痛みに対しても、鍼灸は患者さんを支える手段となり得ます。

 実際にこうした症状に対して鍼灸が有用であったとする臨床報告は、国内外で数多く発表されています。鍼灸はがんそのものを治療するわけではありませんが、生活の質を守り、患者さんが少しでも安心して日々を過ごせるように寄り添うケア として位置づけることができます。

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鍼灸師の役割

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史
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