Evidence
鍼灸は不妊に効果があるのか?|IVF・妊娠率・生児出生率のエビデンスを整理
まずは結論
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不妊治療における鍼灸は、妊娠率・継続妊娠率・生児出生率の改善を示した研究がある一方で、有意差が認められない研究も存在する領域です。
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その差は、介入時期、治療回数、対象患者、対照条件(Sham設定)などの研究デザインに依存します。
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したがって現時点では、鍼灸は一定条件下で有効性が示唆されるものの、一律に評価できる治療ではなく、個別の状況に応じて解釈すべき補完医療と位置づけられます。
本ページの作成方針
本ページは、不妊治療領域における鍼灸について、研究論文と臨床経験の両面から、できる限り正確に整理することを目的として作成しています。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
全日本鍼灸学会認定鍼灸師
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

体外受精(IVF)と鍼灸の関係性
―「もっと早く、もっと長く」介入するという視点
近年のシステマティックレビュー(2025年)では、胚移植直前・直後のみの短期的な鍼灸介入ではなく、採卵前から継続的に鍼灸を行うことの重要性 が示唆されています。
日本の臨床現場では、週1回、数か月単位での継続治療 が一般的であり、これは身体状態の調整に時間を要するという前提に基づいています。
鍼灸は不妊治療に有効か
― エビデンスの全体像 ―
結論として、鍼灸は有効性が示唆されている一方で、結果は一貫していない領域です。
2022年のシステマティックレビューでは、27件のRCT(n=7,676)を解析し、臨床妊娠率・継続妊娠率・生児出生率すべてで有意な改善が報告されています。
一方で、JAMAに掲載されたRCTでは、
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鍼治療群:18.3%
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偽鍼群:17.8%
と、有意差は認められていません。
鍼灸研究は“いま”が熱い時代です
実はここ10~15年ほどの間に、鍼灸に関する研究文献の数は飛躍的に増加しています。
2023年のデータを見ると、PubMedに登録された文献数は、
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「Kampo(漢方)」に関する文献:131件
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「Acupuncture(鍼灸)」に関する文献:3,450件
と、鍼灸が世界的にも非常に注目されている研究領域であることが分かります。

鍼灸研究はどこから始まったのか
― 不妊治療との接点 ―
近年、鍼灸に関する研究は急速に増加していますが、その起点となったのが、不妊治療(ART)との組み合わせに関する研究です。
体外受精(IVF)と鍼灸の関係について、最初に無作為化比較試験(RCT)が報告されたのは2002年でした。
研究の起点
― Paulusらの試験 ―
この研究の特徴は、
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胚移植の直前・直後という明確なタイミング
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経穴の標準化
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手技の統一
にあり、再現性を担保した点で評価されています。
このプロトコルは後に「Paulus式」と呼ばれ、世界中の研究に影響を与えました。
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Paulus式の限界
― なぜ議論が分かれるのか ―
一方で、この研究モデルには重要な制約があります。
それは、胚移植前後の短期介入に限定されている点です。
実際の臨床では、数か月単位での継続的な介入が一般的であり、このような「長期的・加算的な効果」は十分に検証されてきませんでした。
この点が、後の研究結果のばらつきにつながっている可能性があります。
日本特有の不妊事情と鍼灸の役割
鍼灸院に来院する不妊患者さんの傾向
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年齢層:30代後半~40代前半
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背景:ART(体外受精・顕微授精)を複数回経験
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精神面:不妊治療へのストレスが顕著
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来院理由:
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胚移植前後のコンディション調整
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卵子の質を改善したい
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卵胞が育たない(=卵巣刺激低反応:Poor Responder)
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Poor Responderの現実
卵巣刺激に対する反応が乏しい患者さん(=卵巣刺激低反応症例)は、体外受精の妊娠率が有意に低いことが分かっています。
特に37歳以上で卵巣刺激低反応を示す場合は、妊娠率が極端に低下することが臨床的に問題視されています。この領域で鍼灸の補完的役割が注目されています。
日本の臨床との乖離
― 「短期介入」と「継続介入」 ―
日本の臨床現場では、
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週1回
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数か月単位
の継続的な鍼灸治療が一般的です。
これは、ホルモン環境や血流、ストレス状態といった要素が時間をかけて変化することを前提としたアプローチです。
したがって、短期介入のみを評価した研究結果を、そのまま臨床に適用することには限界があります。
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臨床的に重要な対象
― 卵巣刺激低反応(Poor Responder) ―
不妊治療の現場では、特に重要な対象として「卵巣刺激低反応(Poor Ovarian Response)」が挙げられます。
この群では、
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低反応群:14.8%
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正常反応群:34.5%
と、妊娠率が大きく低下することが知られています。
さらに、37歳以上では妊娠率が1.5〜12.7%と著しく低下し、臨床上大きな課題となっています。
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鍼灸の位置づけ
― 補完的介入としての可能性 ―
このような背景から、鍼灸は
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卵胞発育の補助
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血流改善
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内分泌環境の調整
といった観点から、補完的な介入として検討されています。
近年では、一定期間の鍼灸介入により、
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採卵数
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受精卵数
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胚盤胞到達率
の改善が示唆される研究も報告されています。
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ここまでのまとめ
この領域を理解するうえで重要なのは、「Paulus式=標準」ではなく、「一つのモデル」に過ぎないという点です。
現在の臨床は、短期介入ではなく継続的介入へと軸足を移しつつあり、この点を踏まえて研究結果を解釈する必要があります。
よく引用される研究
― JAMA掲載RCTの結果 ―
不妊治療と鍼灸の議論において、最も頻繁に引用されるのが、JAMAに掲載された無作為化比較試験です。
この結果から、「鍼灸は無効である」と解釈されることもあります。
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この結果はどのように解釈すべきか
― 結論だけでは不十分 ―
結論から言えば、この研究は重要な知見を提供する一方で、そのまま一般化するには注意が必要な設計となっています。
臨床的に重要なのは、結果そのものではなく、どのような条件で検証されたかです。
論点① 胚移植条件の偏り
本研究では、偽鍼群において胚盤胞移植の割合が高かったとされています。
胚盤胞移植は、初期胚移植と比較して妊娠率・出生率が高いことが知られているため、対照群の成績が相対的に底上げされ、群間差が縮小した可能性があります。
論点② Shamは「無刺激」ではない
本研究で用いられた偽鍼は、非侵襲的な非経穴刺激でした。
これは、接触鍼、散鍼 に近い刺激と考えることもでき、神経系への影響を完全に排除できていない可能性があります。
その結果、実質的に「軽い鍼刺激 vs 鍼刺激」という比較になり、差が出にくい設計となった可能性があります。
論点③ 介入期間の短さ
この研究における鍼灸介入は、胚移植前後の計3回のみでした。
一方で、実際の臨床では、週1回・2〜3か月以上の継続治療が一般的です。
したがって、鍼灸の「加算的・蓄積的な効果」を評価するには不十分な設計と考えられます。
では、この研究は何を示しているのか?
この研究から言えることは明確です。
「短期的な介入(移植前後のみ)では、生児出生率に差が出ない可能性がある」
一方で、鍼灸そのものの有効性を否定するものではありません。
臨床的な解釈
― どのように活かすべきか ―
この研究を踏まえた臨床的示唆は以下の通りです。
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単回・短期介入のみで効果を期待するのは難しい
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継続的な介入を前提とした評価が必要
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対照条件(Sham)の影響を常に考慮する
したがって、鍼灸は「移植前後の単発処置」ではなく、「周期全体を通じた調整手段」として位置づける方が、臨床的には整合的です。
まとめ
JAMAの研究は、鍼灸の有効性を否定するものではなく、「どの条件では効果が出にくいか」を示した研究と捉えるのが適切です。
エビデンスを理解する際には、結果ではなく前提条件を含めて読み解くことが不可欠です。
鍼灸は「なぜ効くのか」
― 生理学的メカニズム ―
鍼灸が不妊症に作用するメカニズムとして、現在では複数の生理学的経路が示唆されています。
これらはそれぞれ独立した作用ではなく、相互に関連しながら全身の状態に影響を与えます。
鍼灸は「なんとなく効く」治療ではなく、神経・内分泌・免疫を介した反応として説明可能な段階に入りつつあると考えられます。

