PMPS
Q.乳房切除後疼痛症候群(PMPS)とは?
決してまれな術後合併症ではありません。
乳房切除後疼痛症候群(Post-Mastectomy Pain Syndrome:PMPS)は、乳がん手術後の通常の治癒期間を超えて持続する慢性疼痛 を指します。
一般的には、術後3か月以上続く痛み と定義されており、術後の一時的な痛みとは区別されます(Fabro ら, 2012/Salati ら, 2023)。
参考文献
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Fabro E, Bergom C, et al. Post-mastectomy pain syndrome: incidence and risks.The Breast. 2012.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22225941/ -
Gong Y, Tan Q, et al. Prevalence of postmastectomy pain syndrome and associated risk factors.Chinese Medical Journal. 2020.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32443289/
PMPSの痛みは、
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胸壁(胸部前面)
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手術部位周囲
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腋窩(わきの下)
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上腕(特に内側〜外側近傍)
に生じることが多いとされています。
発症頻度は報告により幅がありますが、乳房切除術を受けた女性の約20〜68% にみられるとされており、決してまれな術後合併症ではありません(Salati ら, 2023)。
参考文献
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Cureus. 2023.Salati SA, Rather A. Postmastectomy Pain Syndrome: A Narrative Review.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10657609/

Changらは、乳房切除後疼痛症候群(PMPS)に相当する術後持続痛について、単一の原因によるものではない と整理しています。
その痛みは主に、次の要素が 重なり合って生じる複合的な病態 と考えられています。
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神経性の要因(神経損傷や神経障害性疼痛)
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筋骨格性・体性の要因(筋・筋膜・関節由来の痛み)
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中枢性・感作性の要因(中枢神経の過敏化、痛みの増幅)
PMPSは、これら複数のメカニズムが関与することで慢性化しやすい疼痛であることが示唆されています。
● PMPSにおける痛みの性質
乳房切除後疼痛症候群(PMPS)は、神経障害性疼痛 の性質をもつ痛みとして捉えられることが多いとされています。
具体的には、
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灼熱感(焼けるような痛み)
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電撃痛
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しびれや異常知覚
などがみられ、これらの痛みが持続することで、QOL(生活の質)やADL(日常生活動作)に影響を及ぼす可能性 が、多くの研究で指摘されています。
● PMPS・リンパ浮腫患者に対する鍼治療の安全性
PMPS患者、あるいは乳がん術後のリンパ浮腫を有する患者に対する鍼治療について、
文献では 「比較的安全で、有害事象は軽微なものが中心であり、重大なリスクは稀」 と報告されています。
乳がん術後の上肢リンパ浮腫は、発症率約20%とされる比較的頻度の高い合併症です。
これまで「鍼治療がリンパ浮腫リスクを高めるのではないか」という懸念がありましたが、近年の研究によりその見解は整理されつつあります。
Ye-Seul Lee ら(2024年)の大規模後ろ向き研究では、乳がん手術後に鍼治療を受けても、リンパ浮腫リスクが有意に増加しない ことが示唆されました。
本研究では、術後3〜6か月の間に5回以上の鍼治療を受けた群と、鍼治療を受けなかった群を比較しましたが、鍼治療によるリンパ浮腫リスク増加を示す明確な証拠は認められませんでした。
参考文献
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Lee YS, Lim Y, Yeo J. Acupuncture Needles and the Risk of Lymphedema After Breast Cancer Surgery: A Retrospective National Cohort Study. 2024
https://www.researchgate.net/publication/378591251
● PMPSに対する鍼治療の有効性について
乳房切除後疼痛症候群(PMPS)に対する鍼治療の最初の症例報告は、Joshua Bauml ら(2014年) によって報告されました。
この症例では、手術直後から胸部全体に強い帯状の痛みが持続していた患者に対し、薬物療法や理学療法で十分な効果が得られなかった中で、鍼治療が症状改善に寄与 したことが示されています。
その結果、
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痛みの軽減
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QOLの改善
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鎮痛薬の中止
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中断していたホルモン療法の再開
に至った点は、臨床的に非常に重要な所見といえます。
本症例では、緩和ケアに精通した医師 が鍼治療を担当し、局所と遠隔の経穴を組み合わせ、胸部にはごく浅い刺入を用いるなど、患者の状態に配慮した 個別化・SDM(Shared Decision Making)に基づく治療 が行われていました。
参考文献
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Bauml JM, et al. Acupuncture for breast cancer survivors with persistent pain. Journal of Clinical Oncology. 2014.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24888824/
● 当院 副院長の症例報告について
私自身も、埼玉医科大学在籍時にPMPS症例の鍼治療について報告しています。
本症例の新規性・特徴は以下の点にあります。
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術後10年以上経過したPMPS患者への鍼治療
長期経過後のPMPSに対する鍼治療の有効性を示唆 -
肩関節可動域制限を伴うPMPSへの対応
疼痛と可動域制限の双方に対する改善の可能性を提示 -
多面的評価の実施
痛み(NRS)に加え、肩関節可動域、心理的側面、QOL(SF-36)を評価
→ 鍼治療が痛みだけでなく、生活の質にも寄与する可能性を示唆
なお、2026年開催予定の全日本鍼灸学会学術大会(岡山) においても、PMPS症例の報告を予定しています(現在投稿準備中)。
● 鍼治療の位置づけとメカニズム
PMPSに対する鍼治療の研究は、現時点ではまだ限られています。
Bauml らは、PMPSを 神経障害性疼痛の一種 と捉え、鍼刺激が 末梢・脊髄・中枢レベルの鎮痛機序 を介して作用する可能性を示しました。
また、がん治療に伴う化学療法誘発末梢神経障害(CIPN) に対しては、無作為化比較試験により鍼治療の有効性が報告されています。
これらの知見は、神経障害性疼痛に対する鍼の生物学的・臨床的有効性を支持する間接的根拠 と考えられます。
● 乳がん治療後の後遺症と鍼灸
乳がん治療後には、痛み・しびれ・倦怠感・ホットフラッシュ・神経障害など、生活の質に大きく影響する症状が残ることがあります。
標準治療だけでは十分に対応できない場合もあり、補完療法として鍼灸が注目されています。
さいごに
PMPSをはじめ、乳がん治療後に残るさまざまな症状に対して、鍼灸が有効となる場合があります。
症状でお困りの際は、どうぞお気軽にご相談ください。
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本ページは、乳房切除後疼痛症候群(PMPS)に対する鍼治療のエビデンスおよび安全性を解説するものであり、標準治療の代替を目的とするものではありません。治療の可否については必ず主治医とご相談ください。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

