SUPPORTIVE CARE
がん患者さんと鍼灸
がん治療中・治療後の症状を支えるために
がんの治療中や治療後には、痛み、しびれ、疲れやすさ、睡眠の問題、ほてり、不安など、さまざまな症状が生じることがあります。
鍼灸は、がんそのものを治療するものではありません。手術、薬物療法、放射線治療などの標準的ながん治療を優先したうえで、がんや治療に伴う症状を支える支持療法の一つとして研究されています。
当院では、現在受けている治療、全身状態、症状の経過を確認し、必要に応じて主治医や医療機関への相談を優先しながら対応しています。
鍼灸師に、何ができるのか
「がん患者さんに対して、鍼灸師には何ができるのだろう」
そう感じられる方も少なくないかもしれません。
がん治療は、検査値や画像など「疾患」を中心に進められます。
一方で、日常生活の中で生じるつらさ・不安・違和感は、必ずしも数値では表せません。
鍼灸師は、その数値や診断名ではなく、実際に感じているお困りごとに向き合います。

がんに伴う症状と鍼灸の役割
1.がんに伴って生じる症状
がん患者さんには、痛み、倦怠感、しびれ、吐き気、睡眠の問題、不安など、治療の継続や日常生活に影響するさまざまな症状が生じることがあります。
2.治療後や経過観察中に生じる症状
がん治療が終了した後や経過観察中にも、再発への不安、気分の落ち込み、睡眠の問題、疲れやすさなどが続くことがあります。
検査上は大きな問題がなくても、以前と同じように生活できないことや、周囲に不安を伝えにくいことが負担となる場合もあります。
鍼灸では、身体症状だけでなく、睡眠、食事、活動量、生活リズムなども確認しながら、患者さんが抱えている困りごとを整理します。
3.がん治療によって生じた症状
がん治療によって生じる症状には、化学療法誘発性末梢神経障害、ホルモン療法に伴う関節痛やほてり、手術後に続く痛みやしびれなどがあります。
これらの症状は、治療が終了した後も長く続き、仕事、家事、睡眠、歩行などに影響することがあります。
乳がん手術後に胸部、腋窩、上腕などの痛みや感覚異常が続く状態は、乳房切除後疼痛症候群(PMPS)と呼ばれることがあります。
鍼灸は、こうした慢性的な痛みやしびれに対する症状緩和の選択肢として研究されています。
ただし、症状ががん治療の副作用によるものとは限りません。
新たに生じた痛み、急激に悪化する痛み、筋力低下、歩行障害などがある場合には、鍼灸を行う前に医療機関で原因を確認する必要があります。
国内外では、こうした症状に対して鍼灸が有用であったとする臨床報告が数多く発表されています。鍼灸はがんそのものを治療するわけではありませんが、生活の質(QOL)を守り、患者さんが安心して日々を過ごせるよう支えるケアとして位置づけられています。
この領域に取り組むようになった背景
きっかけは、家族のがんでした。
私が鍼灸師を志したのは、高校3年生の夏のことでした。
商業高校に通っていた私は、大手企業への就職もすでに内定していました。そんな矢先、父に「肝臓がん」が見つかったのです。その知らせはとても衝撃的で、当時の不安な気持ちは今でも鮮明に覚えています。
がん患者さんに対して鍼灸治療を実践できる鍼灸師になりたい。その願いを実現するために、私は福島県立医科大学会津医療センターで研修を受ける道を選びました。
研修を通して、がん患者さんが抱える特有の身体の変化について深く学ぶことができました。また、治療に携わる医師や看護師との連携がいかに重要であるかを実感しました。さらに、鍼灸が症状緩和において患者さんの力になれる可能性を感じ、その生活を支える大きな力になり得ることを実感しました。
ガイドラインからみた鍼灸
がん疼痛の治療では、薬物療法が重要な役割を担います。そのうえで、国内外の診療ガイドラインでは、痛みの原因や患者さんの状態に応じて、非薬物療法を組み合わせることが検討されています。
鍼灸は、がん疼痛に対する薬物療法の代わりではなく、標準的な疼痛治療を補う方法の一つとして位置づけられています。
NCCN「成人のがん疼痛」2025年版
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NCCN(Adult Cancer Pain, 2025版):最新版では「非薬物介入を含む統合的な疼痛管理」の重要性を明記しており、非薬物療法の選択肢の一つとして鍼灸を含めた統合的アプローチが紹介されています。
SIO・ASCO合同ガイドライン
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ASCO / SIO(2022):ASCOとSociety for Integrative Oncologyの合同ガイドライン(2022)は“統合医療”の立場からの推奨を出しており,鍼灸などが一般のがん疼痛や筋骨格系の痛みに対して採用され得ることを示しています。エビデンス評価は“中程度”の根拠・推奨とされる領域があり、「完全な高品質エビデンス一色ではないが臨床的利用を支持する」という位置づけです。
国内で公開されている資料
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日本緩和医療学会(2020):2020年版の『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン』では、鍼灸に関する記載がありません。これは、薬物療法に焦点を当てたガイドラインであるためと考えられます。ただし、日本緩和医療学会が発行した『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス(2016年版)』(金原出版)のガイドラインには、鍼灸についての記載があります。
がんの補完代替医療ガイドブック 第3版
四国がんセンターが公開している『がんの補完代替医療ガイドブック 第3版』には、鍼灸の目的、研究状況、施術を受ける際の注意点などがまとめられています。
この資料では、鍼灸はがんを縮小・消失させる治療ではなく、痛み、しびれ、吐き気などの症状を軽減することを目的として、通常のがん医療を補完する立場で行うものと説明されています。
2012年に作成された資料であるため、現在の研究状況をすべて反映しているわけではありませんが、補完代替医療と安全に向き合うための基本的な考え方を知る資料として参考になります。
がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス
日本緩和医療学会が2016年に発行した『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス』では、補完代替療法に関する研究が治療法ごとに検討され、鍼灸治療についても独立した項目が設けられています。
この資料も発行から時間が経過しているため、最新の診療ガイドラインや系統的レビューと併せて読む必要があります。
世界的にも「鍼灸」に対する学術的関心が、高まってきている
がんと鍼灸に関する研究は、年々増加しています。
1985年から2023年までに592件の関連文献が報告され、特に「がん関連倦怠感」は
最も注目されているテーマの一つです。
JAMA、Journal of Clinical Oncology、Cochraneなど、主要医学誌にも研究が掲載されています。

あなたの「つらさ」に、鍼灸を
鍼灸は、がんそのものを治療するものではありません。
しかし、がんとともに生活するなかで生じる痛み、しびれ、眠れなさ、疲れやすさなどに向き合い、日常生活を支える方法の一つとなる可能性があります。
治療の合間に、少しでも落ち着いて過ごせる時間をつくること。治療後に残った痛みや違和感と向き合うこと。以前の生活に近づくために、身体の状態を一緒に確認すること。そうした場面で、鍼灸が補助的な選択肢となる場合があります。
当院では、現在受けているがん治療を尊重し、安全性を確認しながら、患者さんが実際に感じているつらさや生活上の困りごとに向き合います。
※本ページは、がん治療における鍼灸の支持医療としての位置づけを解説するものであり、がんそのものの治療を目的とするものではありません。治療方針の決定は、必ず主治医とご相談ください。
よくある質問
Q1.抗がん剤治療中でも鍼灸を受けられますか? がん治療中であることだけを理由に、鍼灸を受けられないわけではありません。 ただし、治療内容、治療後の経過、体調、血液検査の結果、皮膚の状態などによっては、施術を延期したり、鍼をする部位や刺激量を調整したりする必要があります。 発熱や感染症状がある場合、出血しやすい状態が考えられる場 合、体調が大きく変化している場合には、鍼灸よりも主治医や医療機関への相談を優先します。
Q2.主治医の許可は必要ですか? 鍼灸を受けるにあたり、すべての患者さんに主治医の許可や書面をお願いしているわけではありません。 ただし、治療内容や全身状態によっては、安全に施術を行うため、事前に主治医へ確認した方がよい場合があります。特に、感染や出血のリスクが高いと考えられる場合、治療内容や血液検査の状況が確認できない場合、主治医から生活上の注意を受けている場合などは、主治医への相談をお願いすることがあります。 現在受けている治療を優先し、必要に応じて医療機関と情報を共有しながら、鍼灸を受けられる状態かを判断します。
Q3.鍼灸でがんそのものを治療できますか? 鍼灸は、がんそのものを縮小・消失させることを目的とした治療ではありません。 手術、薬物療法、放射線治療などの標準的ながん治療を優先したうえで、痛み、しびれ、睡眠の問題など、がんや治療に伴う症状を支える補助的な方法として位置づけられます。 鍼灸を受けた後に体調の変化を感じた場合でも、自己判断で通院や薬の使用を中止せず、治療方針については主治医へご相談ください。
Q4.どのような症状について相談できますか? がんやがん治療に伴う痛み、関節痛、手足のしびれ、手術後の痛みやつっぱり感、ほてり、疲れやすさ、睡眠の問題などについてご相談いただけます。 ただし、同じ症状でも原因は患者さんによって異なります。例えば、痛みや倦怠感の背景に、医療機関での評価を必要とする変化が隠れていることもあります。 症状だけで鍼灸の対象と判断せず、発症時期、経過、現在受けている治療、日常生活への影響などを確認したうえで対応します。
Q5.鍼灸を受けられない場合はありますか? 発熱や明らかな感染症状がある場合、出血しやすい状態が考えられる場合、全身状態が大きく低下している場合などは、施術を延期することがあります。 また、新しく生じた強い痛み、急激に悪化する背中や腰の痛み、呼吸困難、胸痛、麻痺、筋力低下、歩行困難などがある場合には、医療機関での評価を優先します。 鍼灸を行えるか判断できない場合には、主治医への確認をお願いすることがあります。
Q6.手術を受けた部位にも鍼をしますか? 手術部位へ必ず鍼をするわけではありません。 傷の治り方、皮膚の状態、手術からの経過、リンパ節郭清の有無、むくみや感染のリスクなどを確認し、必要に応じて手術部位を避けて施術します。 症状のある場所に直接鍼をしなくても、周囲の筋肉や離れた部位を用いて治療を組み立てることがあります。
Q7.抗がん剤の投与前後でも受けられますか? 抗がん剤治療の日程だけで一律に判断するのではなく、投与後の体調変化や血液検査の状況などを確認する必要があります。 吐き気、発熱、強い倦怠感、脱水などがある場合には、無理に施術を行わず、体調の回復や医療機関での評価を優先します。 治療スケジュールや体調の変化を確認しながら、施術を行う時期を検討します。
Q8.何回くらい受ければよいですか? 必要な回数や頻度は、症状、治療段階、体力、症状が続いている期間、施術後の反応などによって異なります。 初回から数回の経過を確認し、症状の変化だけでなく、睡眠、活動量、日常生活への影響、施術後の疲労なども含めて評価します。 一定期間施術を行っても変化がみられない場合には、漫然と継続せず、治療内容や継続の必要性を見直します。
Q9.初回時に必要なものはありますか? 紹介状や主治医の許可書は、すべての患者さんに必須としているものではありません。 お持ちの場合には、現在の治療内容、使用している薬、手術や放射線治療の部位、最近の血液検査結果、主治医から受けている注意事項などが分かる資料をご持参ください。 資料がない場合でもご相談いただけますが、安全性を判断するために必要な情報を確認できない場合には、施術前に主治医への確認をお願いすることがあります。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
全日本鍼灸学会認定鍼灸師
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。


