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参議院:鍼灸マッサージ医療に関する質問主意書(第156回国会)

 近年、鍼灸およびあん摩マッサージ指圧に関する療養費制度は、患者の負担構造や医療制度上の位置づけをめぐり議論の対象となってきました。とりわけ、柔道整復との制度差、医師同意書の要否、受領委任制度の不在といった点は、臨床現場における実務的障壁として長年指摘されてきた事項です。

 こうした背景の中で、参議院議員の平野貞夫は、第156回国会において「鍼灸マッサージ医療に関する質問主意書」を提出しました。本質問は、個別の施術安全性ではなく、療養費制度の構造的整合性と制度的不均衡に焦点を当てた点に特徴があります。

 

参照
質問主意書

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/156/syuh/s156046.htm

答弁書

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/156/touh/t156046.htm

まずは結論

  1. 療養費制度において、鍼灸マッサージは現物給付ではなく償還払いとされているという制度的位置づけが再確認された。

  2. 受領委任制度が認められない理由については、法制度上の区分(療養費)に基づくものとされた。

  3. 柔道整復との制度差については、歴史的経緯および応急処置性を理由とする例外として整理された。

  4. 医師同意書制度については、その必要性は維持され、制度変更には踏み込まなかった。

  5. 制度全体として、改革ではなく現行制度の正当化・維持が政府答弁の基本姿勢であった。

 

制度構造の整理

  • 療養の給付(現物給付)

 ├ 医療機関(医師)
 └ 柔道整復(例外的に受領委任)

  • 療養費(償還払い)

 ├ 鍼(はり)
 ├ 灸(きゅう)
 └ あん摩マッサージ指圧

→ 鍼灸マッサージは制度上、医療保険の周縁に位置づけられている構造

この問題で何が起こったのか?

 本件は、個別制度の改善要求というよりも、制度間の整合性の欠如を国会レベルで問い直したものと理解されます。

 平野議員は、同じ「施術」でありながら、柔道整復と鍼灸マッサージで制度的取扱いが異なる点に着目し、その合理性を政府に説明させる構造をとっています。これは単なる業界要望ではなく、制度設計の根拠そのものを問う問いです。

 一方で政府は、制度の再構成には踏み込まず、既存の法体系の内部で整合性を説明するにとどまりました。

🔹 平野議員の問題提起

1. 受領委任制度をなぜ禁じるのか  平野議員は、鍼灸マッサージ師と保険者が、被保険者の利便性のために協定を結ぶことは民法上の契約関係であり、健康保険法に抵触するものでもないのに、何を法的根拠として協定を禁止しているのかを問いました。ここでの問題提起は、単に便利か不便かではなく、通知による規制にどこまで法的正当性があるのかという点にあります。  背景には、患者が毎回十割を支払い、後から保険者に請求しなければならない現状が、金銭的にも手続的にも大きな負担であるという認識があります。しかも、柔道整復では受領委任が認められている以上、鍼灸マッサージだけが除外されていることに合理性があるのか、という問いが内在しています。

2. 「医師による適当な治療手段のないもの」という要件の実態  平野議員は、通知上、療養費の対象疾患について「医師による適当な治療手段のないもの」とされている以上、実際にそのように言明している医師がどれだけ存在するのかを具体的に問いました。これは、制度文言が現場で本当に意味を持っているのか、それとも空文化した要件ではないのかという問題提起です。  この問いはかなり鋭く、制度要件が存在しても、その要件を満たす実務基盤が存在しなければ、制度自体が形式化していることになります。平野議員は、単なる制度批判ではなく、制度の実効性を問う形で問題を立てています。

3. 病院で行われる鍼灸と開業鍼灸師との格差  平野議員は、今後病院等で鍼灸治療が増加することを見据え、開業鍼灸師と病院内鍼灸との間で保険上の格差を生じさせないことが必要だと指摘しました。特に、開業施術所では療養費のため医師同意書が必要である一方、病院側に患者が誘導されれば、事実上、開業鍼灸師による保険施術が受けられなくなる可能性を問題化しています。  ここで平野議員が問うているのは、単なる開業権の擁護ではなく、保険制度が医療提供主体間の競争条件を不当に歪めていないかという点です。これは今日的に言えば、制度が特定の提供形態に有利に働いていないかという政策論にもつながります。

4. 医師同意書を得られない患者はどうすればよいのか  平野議員は、近隣のすべての医師から、東洋医学の適否は判断できないとして同意書発行を断られた場合、患者はどのようにして健康保険による鍼灸治療を受けられるのかを具体的に問いました。ここでは、制度が存在していても、実際にはアクセスできないならば、保険利用権が空洞化しているのではないかという問題が提起されています。  この問いはきわめて実務的です。制度論としては些末に見えるかもしれませんが、患者にとっては最も切実な場面です。平野議員は、制度の理念ではなく、患者が実際に利用できる制度かどうかを問うています。

5. 通知・基準書・文言変更の整合性  質問後半では、昭和25年保発4号通知の原本・副本・基準書記載の差異、同名通知が複数存在するように見える問題、「施術業者」と「療術業者」の文言変更の理由、「従前通り」とは何を指すのか、といった点が詳細に問われています。ここは単なる文言論争ではなく、行政が何を根拠に現在の運用を維持しているのかという法的基盤の精査です。  平野議員は、制度の根拠が曖昧なまま慣行化しているのではないか、という疑いを強くにじませています。

🔹 政府答弁で示されたこと

1. 受領委任を認めない理由は「療養費だから」  政府はまず、健康保険法では保険医療機関による療養の給付が原則であり、一定のものについては現物給付化できるが、療養費については現物給付化を可能とする規定がないため、原則として現物給付化と同様の取扱いは認められないと答えました。つまり、受領委任禁止の中心的根拠は、通知や裁量以前に、制度類型としての療養費にあるという整理です。

2. 「適当な治療手段のないもの」は存在するとするが、医師数は把握していない  政府は、平野議員が求めた「そのように言明している医師が何人いるのか」という問いに対し、その数は把握していないと答えつつ、慢性期に至っていない患者であっても、その症状等に応じて「医師による適当な治療手段のないもの」は存在すると考えていると述べました。

3. 病院で鍼灸をすること自体は禁止されていない  政府は、保険医療機関がはり施術やきゅう施術を実施すること自体は禁止されていないと明言しました。ただし、保険医療機関は、はり施術等に着目した費用の支払を保険者から受けることはできず、かつ保険診療に係る一部負担金等のほかに費用を患者から徴収することもできないと述べています。これに対し、施術所でのはり施術等については、87条1項により療養費として費用の一部支給が可能だと整理しました。

4. 医師同意は必要だが、鍼灸の適否判断までは不要  政府は、保険者がはり施術等について療養費を支給するためには、ある被保険者について医師による適当な治療手段がないと判断される必要があるが、医師が当該被保険者に対する鍼灸の適否まで判断する必要はないと答えました。

5. 通知の文言差や基準書の相違については踏み込まなかった  政府は、千葉地裁に提出した文書は昭和25年保発4号通知の写しであるとしたうえで、社会保険研究所の『療養費の支給基準』に掲載された解説が原通知と内容的に異なる理由は承知していないと答えました。また、「従前通り」とは、健康保険法の関連規定を踏まえれば、あん摩・はり・きゅうに係る療養費の支給について現物給付化を認めない取扱いをお願いする趣旨であると説明しました。

まとめと感想

 平野議員の質問主意書の本質は、鍼灸マッサージをめぐる問題を、単なる業界要望ではなく、保険制度の公平性・法的根拠・患者アクセスという三つの軸で捉え直した点にあります。特に、受領委任、医師同意書、通知運用の根拠という論点は、現在見てもなお古びていません。

 他方で政府答弁は、制度を改革する方向には進まず、療養費である以上、現物給付化はできないという法形式的説明を中心に、既存運用を維持する立場をとりました。医師同意書についても、制度趣旨を多少整理したにとどまり、患者が実際に同意書を得られない場合の困難を解決する答弁にはなっていません。また、形式上は「医療の関与による安全担保」として説明されつつ、実際にはアクセス制御として機能している可能性が否定できません。特に、医師が東洋医学に関する判断能力を必ずしも有しない状況において、同意書の有無が利用可否を左右する現状は、制度設計として再検討の余地を残しています。

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史

大慈松浦鍼灸院

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