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痛みやしびれに対する鍼灸
治療の選択肢に、鍼灸を。
腰痛、首や肩の痛み、坐骨神経痛のような症状、手足のしびれなどは、日常生活に大きく影響します。鍼灸は、こうした症状に対して古くから用いられてきた方法の一つです。
しかし近年、鍼灸は「経験的・伝統的な医療」という枠を超え、科学的根拠に基づく治療法として再評価されつつあります。
慢性疼痛に関する国内外のガイドラインにも、鍼灸が明示されるようになり、その有効性と安全性を示す臨床研究の蓄積が進んできたことを意味します。
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本稿では、現在までに明らかにされている科学的な知見を、できるだけわかりやすく整理してご紹介します。
まず結論
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鍼灸は、慢性的な痛みや、一部のしびれ症状の軽減に役立つ可能性があります。
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特に筋緊張、自律神経の乱れ、痛みの慢性化、神経の過敏化が関わる症状では、治療の選択肢の一つになります。
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鍼刺激は、患部の血流や筋緊張に影響するだけでなく、脊髄や脳を介した痛みの調節系にも作用すると考えられています。
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研究では、内因性オピオイド、下行性疼痛抑制系、炎症の抑制、神経の過敏化の是正などとの関連が報告されています。ただし、すべての痛みやしびれに同様に適応できるわけではなく、原因に応じた評価が重要です。
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特に以下のような症状が認められる場合には、鍼灸の不適応(Red flag)となります。
⚠ Red flag
└ 医療機関の受診を優先
├ 神経症状
│ ├ 急に生じた強いしびれ・脱力
│ ├ 片側の手足や顔面のしびれ
│ └ 歩行障害・排尿排便障害を伴う
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├ 感染・炎症
│ └ 発熱や強い炎症所見を伴う痛み
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└ 外傷関連
└ 外傷後に出現した痛みやしびれ
厚生労働省の「統合医療」に係る情報発信事業(eJIM)においても、鍼治療が痛みや痛み以外の症状に対して利用されていることが示されています。
以下では、鍼の作用機序について整理された代表的なレビュー論文を紹介します。
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Leeら, 2019:鍼鎮痛は、刺した部位だけで完結するのではなく、脊髄や脳を含む広い痛み制御ネットワークに関わる可能性があると整理したレビュー
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Fanら, 2024:どこに、どの深さで、どのように刺激するかによって、反応する神経線維や鎮痛の仕組みが異なる可能性を示したレビュー
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Maら, 2022:神経障害性疼痛に対する鍼の作用を、末梢神経の過敏化、脊髄の神経炎症、脳からの痛み抑制系という複数の視点から整理したレビュー
1. Leeら, 2019
鍼は「脳」まで届く刺激である
鍼刺激は、皮膚や筋肉の神経を介して脊髄へ、さらに脳へと伝わります。

このとき体内では、次のような変化が起こります。
■ 脳レベルでの作用
鍼は単なる「局所刺激」ではなく、脳の痛みネットワーク全体を調整する刺激
■ 脊髄レベルでの作用
いわゆるGate Control機序や下行性疼痛抑制系の活性化に関わる重要な部分
■ 末梢(局所)での作用
局所の炎症や神経過敏が軽減され、痛みの信号が弱まる
2. Fanら, 2024
「どこに・どう打つか」で効果が変わる理由
鍼の効果は、刺す部位・深さ・刺激方法によって変化します。

この周波数の違いが、鎮痛の質や持続時間に影響すると考えられています。
◆ 脊髄レベルでの作用
鍼刺激は、Aδ線維やC線維を介して脊髄後角に入力されます。
その結果、
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Gate Control機序の活性化
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興奮性神経伝達の抑制
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抑制性介在ニューロンの活性化
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グリア細胞の炎症反応調整
が生じます。
慢性疼痛ではグリア細胞の過剰活性が痛みの増幅に関与しますが、鍼刺激はこの炎症性ループを抑制し、中枢性感作を緩和する方向に働くと考えられています。
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◆ 脳レベルでの作用
脊髄からの情報は上行路を介して脳へ伝わり、視床や大脳皮質などの痛み関連領域に影響を及ぼします。
その結果、
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内因性オピオイドの放出
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下行性疼痛抑制系の活性化
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報酬系の関与
が誘導されます。
つまり、鍼は脳の鎮痛ネットワークを活性化する刺激と考えられています。
3. Maら, 2022
神経障害性疼痛に対する作用メカニズム
神経障害性疼痛は、体性感覚系の損傷によって生じる難治性疼痛です。
薬物療法のみでは十分な効果が得られない場合も多く、非薬物療法の重要性が高まっています。
近年の研究では、鍼治療の作用を大きく5つに分類できます。
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末梢神経レベル
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脊髄レベル
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下行性疼痛抑制経路
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中枢神経系の可塑性調整
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免疫・代謝の調整
▶ Potential mechanisms of acupuncture for neuropathic pain based on somatosensory system

① 末梢神経レベル
慢性疼痛では、末梢神経が過敏化し、弱い刺激でも強い痛みとして伝わります。
鍼刺激は、神経の興奮性を高めるチャネルや受容体の働きを抑制し、神経の過敏状態を緩和します。
その結果、末梢から脳へ伝わる痛み信号が減少します。
さらに、この変化は脊髄や脳にも波及し、中枢の痛み処理にも影響を及ぼします。

② 脊髄レベル
鍼刺激は脊髄後角に入力され、
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痛み信号の伝達抑制
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抑制系ニューロンの活性化
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神経炎症の調整
を引き起こします。
慢性疼痛でみられる中枢性感作の増幅を抑制する方向に働きます。

③ 下行性疼痛抑制系
鍼刺激は脳の鎮痛中枢を活性化し、
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内因性オピオイド
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セロトニン・ノルアドレナリン
などの放出を促進します。
これらは脊髄での痛み伝達を抑制し、脳から痛みを抑える経路(下行性抑制系)を強化します。

④ 中枢神経の可塑性
慢性疼痛では、脳や脊髄の神経回路が変化し、痛みを感じやすい状態(中枢性感作)になります。
鍼刺激は、こうした神経回路の異常な可塑性を調整し、痛みを過剰に感じる状態を是正する可能性があります。
また、情動や認知に関わる脳領域にも作用し、痛みの感じ方そのものにも影響を及ぼします。
⑤ 免疫・代謝の調整
鍼刺激は、炎症性サイトカインやグリア細胞の働きに影響し、神経炎症を抑制する方向に作用します。
これにより、痛みの慢性化に関わる炎症環境が調整されます。
本ページは、鍼灸の疼痛に対する作用メカニズムを解説するものであり、すべての痛みが改善することを保証するものではありません。症状が強い場合や急性のしびれ、麻痺を伴う場合は医療機関を受診してください。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

