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痛みやしびれに対する鍼灸
治療の選択肢に、鍼灸を。
腰痛、肩こり、神経痛、しびれ。
これらの症状に対して、鍼灸は古くから広く用いられてきました。
しかし近年、鍼灸は「経験的・伝統的な医療」という枠を超え、科学的根拠に基づく治療法として再評価されつつあります。
慢性疼痛に関する国内外のガイドラインにも、鍼灸が明示されるようになり、その有効性と安全性を示す臨床研究の蓄積が進んできたことを意味します。
本稿では、現在までに明らかにされている科学的な知見を、できるだけわかりやすく整理してご紹介します。
鍼は「脳」まで届く刺激である
鍼刺激は、皮膚や筋肉の神経を介して脊髄へ、さらに脳へと伝わります。
このとき体内では、次のような変化が起こります。
■ 脳レベルでの作用
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痛みを感じる領域(視床・島皮質など)の活動が調整される
-
痛みを抑える神経回路が活性化される
-
ストレス関連ホルモンが減少する
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βエンドルフィンなどの内因性オピオイドが分泌される
つまり、鍼は単なる「局所刺激」ではなく、脳の痛みネットワーク全体を調整する刺激なのです。
■ 脊髄レベルでの作用
脊髄後角では、
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痛みを増強する神経伝達物質(サブスタンスP、グルタミン酸など)の放出が抑制
-
抑制性介在ニューロンの活性化
-
グリア細胞(ミクログリア・アストロサイト)の炎症反応抑制
などが報告されています。
これは、いわゆるGate Control機序や下行性疼痛抑制系の活性化に関わる重要な部分です。
■ 末梢(局所)での作用
刺鍼部位では、次のような変化が起こります。
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血流増加
-
炎症性サイトカインの減少
-
セロトニンの調整
-
内因性オピオイド産生の促進
その結果、局所の炎症や神経過敏が軽減され、痛みの信号が弱まります。

「どこに・どう打つか」で効果が変わる理由
鍼の効果は、刺す部位・深さ・刺激方法によって変化します。
■ 刺激される神経線維
-
皮膚の浅層 → 主にC線維
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筋層の深部 → Aδ線維・Aβ線維
深さによって、活性化される神経が異なります。
■ 刺激方法の違い
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手技による刺激
→ A線維+C線維を幅広く刺激 -
鍼通電刺激
→ 主にA線維を効率的に刺激
さらに、鍼通電では刺激周波数によって分泌されるオピオイドの種類が変わります。
-
低周波(2–10Hz) → エンドルフィン/エンケファリン
-
高周波(100Hz) → ダイノルフィン
この違いが、鎮痛の質や持続時間に影響すると考えられています。

◆ 脊髄レベルで起きていること
鍼刺激は、Aδ線維やC線維を介して後根神経節(DRG)を経由し、脊髄後角へ入力されます。
その結果、以下の反応が誘導されます。
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Gate Control機序の活性化
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サブスタンスPやグルタミン酸など興奮性神経伝達物質の放出抑制
-
抑制性介在ニューロンの活性化
-
ミクログリア・アストロサイトの神経–免疫調整
慢性疼痛では、これらのグリア細胞が過剰に活性化し、痛みを増幅させることが知られています。
鍼刺激はこの炎症性ループを抑制し、中枢性感作を緩和する方向に働きます。
◆ 脳レベルでの作用
脊髄からの情報は上行路を通り、
-
視床、大脳皮質、島皮質、帯状回、視床下部、脳幹
など複数の領域に影響を及ぼします。
その結果、
-
内因性オピオイドの放出
-
下行性疼痛抑制系の活性化
-
報酬系(NAcなど)の関与
が誘導されます。
つまり、鍼は脳の鎮痛回路を積極的に働かせる刺激であると考えられています。
◆ 同側刺激と異側刺激の違い
臨床的にも重要なのが、刺激する側の選択です。
-
同側刺激
→ 局所的・即効的な鎮痛
→ 比較的弱刺激でも効果が得られやすい -
異側刺激
→ 中枢を介した広域・持続的鎮痛
→ やや強い刺激が必要
痛みの性質や目的に応じて、左右の選択も戦略的に行います。
神経障害性疼痛に対する作用メカニズム
神経障害性疼痛は、体性感覚系の損傷によって生じる難治性疼痛です。
薬物療法のみでは十分な効果が得られない場合も多く、非薬物療法の重要性が高まっています。
近年の研究では、鍼治療の作用を大きく5つに分類できます。
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末梢神経レベル
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脊髄レベル
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下行性疼痛抑制経路
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中枢神経系の可塑性調整
-
免疫・代謝の調整
▶ Potential mechanisms of acupuncture for neuropathic pain based on somatosensory system

末梢での鍼灸の作用メカニズム
― 神経の過敏化をどう抑えるのか ―
慢性疼痛や神経障害性疼痛では、末梢神経が「過敏化」した状態にあります。
本来は軽微な刺激であっても、強い痛みとして感じられてしまう状態です。
1.過敏化に関与するチャネル・受容体
神経の過興奮には、以下のようなイオンチャネル・受容体が関与します。
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Nav1.7 / Nav1.8 / Nav1.3(ナトリウムチャネル)
-
TRPV1
-
P2X受容体(P2X3, P2X4, P2X7 など)
これらはナトリウムやカルシウムの流入を促進し、神経の脱分極を容易にし、痛み信号を増幅させます。
2.鍼刺激による抑制作用
鍼通電刺激は、これらのチャネルや受容体の発現・活性を低下させることが報告されています。
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Nav1.7 / Nav1.8 の過剰発現をDRGおよび脊髄レベルで抑制
-
TRPV1活性の抑制と、関連シグナル(PKC, pERK, p38)の減少
-
P2X3 / P2X7 の抑制による神経–グリア間炎症の軽減
3.神経過敏の抑制 → 鎮痛作用
これらの作用により、
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Na⁺チャネル活性低下 → 脱分極閾値上昇 → 異常興奮の抑制
-
TRPV1 / P2X抑制 → 侵害受容器の過敏状態の緩和
結果として、末梢神経から脳へ伝わる痛み信号が減少します。
4.末梢―中枢の連鎖反応
末梢や脊髄での炎症・チャネル活性が抑制されることで、
中枢性感作や脳レベルの神経–免疫応答にも好影響が及びます。
つまり、末梢への介入は中枢にも波及するのです。

中枢レベルでの作用メカニズム
― 神経と免疫の相互作用を整える ―
神経障害性疼痛では、脊髄後角のミクログリアとアストロサイトが活性化し、
痛み信号を増幅させる炎症ループが形成されます。
鍼治療はこの過剰反応を抑制します。
1.ミクログリア経路の抑制
CX3CL1/CX3CR1経路の活性化により、
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p38 MAPK / ERK活性化
-
TNF-α
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IL-1β
-
BDNF
-
PGE₂
などが放出され、疼痛が増強します。
電気鍼はCX3CL1発現を抑制し、これらの炎症性物質の放出を低下させます。
結果として、神経炎症の増幅が抑えられます。
2.アストロサイトへの作用
電気鍼は脊髄内アデノシンA₁受容体(A1R)を活性化し、
-
JNK経路の抑制
-
抗炎症性サイトカイン(IL-10)の増加
を誘導します。
これにより、慢性疼痛の維持に関与するアストロサイト活性が抑制されます。
3.神経―グリア相互作用の調整
ミクログリア由来のBDNFはTrkB受容体を介して神経興奮を増強し、PGE₂はEP2受容体を介して疼痛伝達を促進します。
鍼刺激によるミクログリア抑制は、これら受容体へのリガンド供給を減少させ、神経の過剰興奮を間接的に防ぎます。

下行性疼痛抑制系の活性化
― 脳から痛みを抑える仕組み ―
1.鎮痛中枢の起点
中脳水道周囲灰白質(PAG)や側坐核(NAc)は、下行性疼痛抑制系の重要な中枢です。
鍼刺激により、
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GABA
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ノルアドレナリン
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セロトニン
-
内因性オピオイド
の放出が促進されます。
2.脊髄での伝達抑制
これらの神経伝達物質は、脊髄後角でのグルタミン酸放出を抑制します。
過剰なグルタミン酸活性は中枢性感作や痛覚過敏に関与しますが、鍼刺激はこの増幅ループを緩和します。
3.オピオイド分泌の周波数依存性
電気鍼では刺激周波数によって分泌されるオピオイドが異なります。
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低周波(2–10Hz)
→ エンドルフィン/エンケファリン -
高周波(100Hz)
→ ダイノルフィン
それぞれ異なる受容体に作用し、痛みの性質や持続時間に影響を与えます。

中枢神経系の可塑性調整
― 「痛みを感じやすい脳」を整える ―
神経障害性疼痛や慢性疼痛では、脳や脊髄において神経回路の可塑性(構造的・機能的変化)が生じます。
その結果、わずかな刺激でも強い痛みとして知覚される「中枢性感作」や痛覚過敏が促進されます。
近年の研究では、鍼治療がこの異常な神経可塑性を正常化する可能性が示唆されています。
1.脳可塑性の正常化
鍼刺激は、痛みの知覚や情動に関与する脳領域に作用します。
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前頭前野(mPFC)、帯状回、海馬、扁桃体、島皮質
これらの領域において、シナプス可塑性の異常が調整されることが報告されています。
特に、
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CaMKII、PSD-95、シナプシン-1
などのシナプス関連タンパク質が調整され、LTP(長期増強)/LTD(長期抑圧)のバランスが是正されることで、中枢性感作の抑制につながると考えられています。
2.海馬および感情関連回路への影響
慢性疼痛では、痛みの感覚そのものだけでなく、「痛みへのとらえ方」や「情動反応」も過敏化します。
鍼通電刺激は、
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海馬CA1 / CA3領域、扁桃体、視床下部
などにおいてシナプス構造の改善をもたらすことが示されています。
これにより、痛みに伴う不安や情動過敏が緩和され、疼痛体験そのものが変化する可能性があります。
3.グリア―ニューロン相互作用の調整
神経可塑性はニューロンだけで決まるものではありません。
ミクログリアやアストロサイトといったグリア細胞も重要な役割を担います。
これらの細胞から放出されるBDNFなどの神経栄養因子は、シナプス可塑性や神経回路再編に強く関与します。
鍼治療は、
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グリア活性の過剰亢進を抑制
-
神経栄養因子の放出を調整
することで、神経―グリア相互作用を正常化し、健全な回路再構築を促進すると考えられています。
本ページは、鍼灸の疼痛に対する作用メカニズムを解説するものであり、すべての痛みが改善することを保証するものではありません。症状が強い場合や急性のしびれ、麻痺を伴う場合は医療機関を受診してください。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

