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鍼灸と政治を考えるために

 近年、鍼灸を取り巻く制度や社会環境について関心を持つようになり、鍼灸と政治の関係についても改めて考えるようになりました。日常の臨床ではあまり意識されませんが、鍼灸の資格制度、教育制度、療養費制度、さらには医業類似行為の概念に至るまで、その多くは国会審議や行政政策の中で形成されてきたものです。

 

 例えば、現在の国家資格制度は戦後の法制度改革の中で整備され、医療保険との関係や無資格療術との区別は、国会や行政審議会で繰り返し議論されてきました。また近年でも、医業類似行為の定義や療養費制度の運用などについて、政治・行政の場で検討が続いています。

 

 しかし、こうした制度の歴史は、鍼灸教育や臨床の現場で体系的に紹介される機会は多くありません。そのため、現在の制度がどのような政治的・社会的経緯の中で形成されてきたのかを知る機会は限られているのが実情です。

​ そこで本ページでは、明治期の制度形成から近年の国会議論まで、確認できる主な出来事を年代順に整理します。

国会議事堂

1. 戦前の制度形成(明治期)

 明治期には、按摩・鍼・灸は近代国家の医療制度の中で規制対象として整理されました。

  1. 1874年 医制の制定
     明治政府が「医制」を公布し、医師制度の近代化が始まります。鍼灸は医師制度とは別の領域として扱われました。

  2. 1911年(1912年施行)
    按摩術営業取締規則、
    鍼術灸術営業取締規則の制定
     これらは、近代日本において鍼灸・按摩の施術を公的に管理する初期の制度的枠組みとして位置づけられます。また
    これらの制度は、地方警察による営業許可制度として運用されていました。

 

参考文献
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstn/2/2/2_1/_pdf

また、1911年の規則は現在のあはき制度の基礎と位置づけられています。

参考:鍼灸制度史研究
https://tsukuba-tech.repo.nii.ac.jp/record/1510/files/351_v05_07.pdf

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2. 戦後制度再編(1947年)

 戦後の法制度再編の中で、鍼灸制度は大きく変化しました。

  1. 1947年 「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」成立
     第1回国会で成立(昭和22年法律217号)。
     戦前の取締規則に代わる法律として制定されました。

  2. 制度の特徴
     この法律により
     1. 国家資格制度
     2. 養成施設制度
     3. 施術所制度
     が整備されました。

 これは、戦前の警察規制型制度から国家資格制度への転換として医療政策史で位置づけられています。

法令原文
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00119471220217.htm

 鍼灸・按摩は歴史的に視覚障害者の職業として発展しました。
 江戸時代の当道座の伝統を背景として、近代以降も盲人職業政策と深く関係しています。

 

参考:歴史研究資料
https://www.ncawb.org/日盲社協通信 平成30年(2018年)11月号(通巻77号)/

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3. 医業類似行為問題(1950年代)

 1950年代には、いわゆる療術(整体など)との関係が政治問題となりました。

  1. 1955年 国会審議(社会労働委員会)
     医業類似行為の規制をめぐる議論の中で、あん摩・はり・きゅう・柔道整復の法的位置づけが重要な論点として取り上げられました。この時期は、無資格施術との区別や制度上の位置づけについて国会で議論が重ねられ、現在の資格制度を理解するうえでも重要な転換点のひとつと考えられます。

  2. 背景
     戦後、整体・カイロなどの療術業が増加し、
    無資格施術の規制問題が国会で議論されました。この問題は現在の医業類似行為問題の原型とされています。

制度史研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstn/2/2/2_1/_pdf

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4. 保険制度との関係(1950年代〜)

 鍼灸は医療保険制度との関係でも政治議論の対象となりました。

  1. 1952年 療養費制度に関する制度的位置づけの整理
     戦後の医療保険制度の整備の中で、鍼灸は保険診療本体とは異なる形で、療養費制度の枠組みの中で給付が整理されてきました。国会審議や厚生行政上の説明においても、鍼灸は一般的な保険診療とは異なる制度的位置づけがなされてきた経緯があります。

  2. 現在の制度は医師の同意書・その後の制度形成・療養費払い慢性疾患などに限定という形で整理されています。

  3. 1993年 参議院厚生委員会答弁
     政府は鍼灸は医療保険の本体給付ではなく療養費制度による例外的給付と説明しています。とくに1990年代には、療養費制度の運用や給付範囲についての議論が進み、現在の保険取扱いの基礎となる考え方が整理されていきました。

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5. 国家試験制度の整備(1980年代)

 教育制度と国家試験制度の整備が進みました。

  1. 1988年 あはき法改正
     養成施設制度の見直しが行われました。

  2. 1991年 参議院社会労働委員会
     国家試験制度の運用について審議が行われています。

 

 この時期に現在の国家試験制度の枠組みが整いました。

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6. あはき法19条問題(2000年代)

 2000年代には養成学校問題が政治問題となりました。

  1. 2003年 養成施設の増加とあはき法第19条をめぐる議論
     2000年代初頭には、養成施設の増加を背景として、あはき法第19条をめぐる制度的議論が活発化し、
    あはき法19条改正に関する請願が国会に提出されています。

  2. 背景
     養成施設の急増が問題となり資格制度の供給調整をめぐる議論が起きました。

 この問題は教育制度と職域保護の問題として研究されています。

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7. 医業類似行為の再議論(2010年代)

 近年は、無資格施術の増加に伴い制度概念の整理が議論されました。

  • 2019年 櫻井充議員質問主意書

     医業類似行為の概念整理について政府見解を問いました。

質問主意書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/198/syuh/s198062.htm

政府答弁
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/198/touh/t198062.htm

 私もこの問題提起について解説しています。

https://www.toyo-matsuura.com/quasi-medical-practices

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8. 療養費制度の政策議論(2010年代以降)

 鍼灸は現在も政策議論の対象となっています。

  1. 社会保障審議会医療保険部会
     あはき療養費検討専門委員会が設置されています。

  2. 主な議題

  3. 不正請求対策

  4. 往療制度

  5. 料金改定

  6. 同意書制度

  7. 2024年療養費改定

 

  1. 往療料距離加算の見直し

  2. 特別地域加算の創設

が行われました。

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9. 議員会館接骨院・鍼灸院の開院(2024年)

 令和6年8月、東京都千代田区永田町の衆議院第一議員会館内に「議員会館接骨院・鍼灸院」が開院しました。
 これは衆議院第一議員会館地下2階に設置された施設であり、議員会館内に接骨院が入居するのは同院が初めての事例と報じられています。

 運営主体は一般社団法人TTC(トータルセラピストコミュニティ)であり、院長は高橋みど里氏です。同院は、国政の中心に近いという立地を生かし、鍼灸および柔道整復の認知向上を目的の一つとして掲げているとされています。

 これまで国会施設では、議員や職員の福利厚生として療術サービス(針灸・指圧等)が提供される事例が資料上確認されています。

 参議院議員会館の運営資料でも、療術治療室業務として針灸・指圧治療が行われることが明記されています。

 

参照資料:参議院議員会館運営仕様書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/choutatu/2018pfi/pdf/suijun-1.pdf

 

 一方で、議員会館内に接骨院・鍼灸院として開設された施設という点では、衆議院第一議員会館の事例は近年の新しい動きとして位置づけられます。

鍼灸マッサージを考える国会議員の会

 日本の鍼灸制度は、国会審議や行政政策だけでなく、議員連盟(政策研究グループ)の活動を通じても議論されてきました。その代表的な組織の一つが 「鍼灸マッサージを考える国会議員の会」 です。

 鍼灸制度をめぐる政策課題は、主として次の領域で議論されてきました。

  1. 法制度(あはき法)

  2. 医療保険制度(療養費)

  3. 医業類似行為問題

 これらは鍼灸の制度的位置づけや職域をめぐる重要なテーマであり、国会や厚生労働省の政策過程の中で継続的に議論されています。

 その中で、鍼灸マッサージを考える国会議員の会は、鍼灸関連団体と国会議員が制度課題を共有し、政策的な意見交換を行う場として活動している議員連盟です。議員連盟の会合には、鍼灸団体や関係団体が参加し、療養費制度や身分法の課題などについて議論が行われています。

 公開資料から確認できる議員連盟の主要人物は次の通りです。

  1. 会長 衛藤晟一(参議院議員)

  2. 事務局長 古川俊治(参議院議員)

  3. 伊吹文明

  4. 加藤勝信

  5. 福岡資麿

  6. 宮下一郎

  7. 塩崎恭久

参考
https://toshinren.org/news/974/

 議員連盟には複数の政党の国会議員が参加しており、医療政策や職域政策の観点から鍼灸制度について議論する場として活動しています。こうした議員連盟の存在は、鍼灸制度が医療政策の一分野として国政の中で扱われていることを示す一例といえます。

10. 厚生労働省による国家資格の情報発信(2026年)

 令和8年(2026年)、厚生労働省は「あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師」に関する国家資格について、一般向けの解説サイト 「知ってほしい国家資格のハナシ」 を公開しました。

 このサイトでは、あはき・柔道整復の国家資格制度について、資格の概要、施術内容、養成教育、国家試験制度などが紹介されています。従来、これらの資格制度は法律や行政資料の中で説明されることが多く、一般市民に向けた体系的な解説は必ずしも多くありませんでした。その意味で、本サイトは 国家資格制度の理解促進を目的とした行政による情報発信として位置づけられます。

 近年は、整体・リラクゼーションなどの無資格施術との区別が社会的に議論されることもあり、国家資格制度の周知は政策上の課題の一つとされています。このような背景のもとで行われた行政による情報発信は、あはき制度の理解促進という観点からも注目される動きといえます。

​参考厚生労働省
「知ってほしい国家資格のハナシ」
https://ahaki-juusei.mhlw.go.jp/

さいごに

 本ページでは、明治期の制度形成から近年の政策議論まで、鍼灸制度に関係する主な出来事を整理しました。鍼灸は臨床技術や東洋医学の理論として語られることが多い分野ですが、その制度的基盤の多くは、国会審議や行政政策の中で形づくられてきたものです。

 資格制度、教育制度、療養費制度、そして医業類似行為の概念など、現在の鍼灸制度は長い政策議論の積み重ねの上に成立しています。こうした経緯を知ることは、鍼灸の社会的位置づけを理解するうえでも重要な視点となります。

 また、鍼灸師は開業し、地域に根ざして日々の臨床を実践していることが多く、制度上の課題は決して一部の団体や行政だけの問題ではありません。現場で生じている困りごとや矛盾が可視化され、そこから課題が抽出され、制度議論へとつながっていくという流れを考えれば、一人ひとりの鍼灸師が制度を他人事として捉えないことが重要です。

 制度は上から一方的に与えられるものではなく、現場の実態や声を踏まえながら形づくられていく側面を持っています。その意味で、いち鍼灸師であっても、現在何が問題となっているのか、どのような論点があるのかを把握しておくことには大きな意義があります。制度の歴史を振り返ることは、鍼灸がこれから社会の中でどのような役割を担っていくのかを考えるための手がかりであると同時に、現場から制度を考えるための出発点でもあるはずです。

​このページを書いた人

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

​全日本鍼灸学会認定鍼灸師

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

松浦知史
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