鍼治療で痛みが軽くなるのはなぜ?エビデンスから見る鍼鎮痛の仕組み
鍼治療を受けたあと、「痛みが軽くなった」「身体を動かしやすくなった」と感じることがあります。では、身体に細い鍼を刺すことで、なぜ痛みが変化するのでしょうか?
鍼刺激によって痛みが抑えられる現象は、一般に「鍼鎮痛」と呼ばれます。
現在では、鍼鎮痛は「血流がよくなるから」とだけで説明できるものではなく、鍼をした場所で起こる局所反応、脊髄での痛みの信号調節、脳がもつ鎮痛システムなど、複数の仕組みが関係すると考えられています。
この記事では、全日本鍼灸学会認定鍼灸師の松浦知史が、鍼鎮痛について現在までに報告されている研究をもとに、局所・脊髄・脳の3つのレベルに分けて解説します。
このように、鍼鎮痛は局所の血流変化だけで説明できるものではありません。鍼刺激が感覚神経を介して脊髄や脳へ伝わり、身体にもともと備わっている痛みの調節機構を働かせることで、痛みが和らぐ可能性があると考えられています。
痛みは身体から脳へ送られる警告信号
痛みは、傷ついた場所にそのまま存在するものではありません。
皮膚、筋肉、関節、内臓などに強い機械的刺激や炎症が加わると、「侵害受容器」と呼ばれる感覚神経の末端が反応します。そこで生じた電気信号が末梢神経から脊髄へ入り、さらに脳へ伝わることで、私たちは痛みを経験します。
ただし、身体から送られた信号が、いつも同じ強さの痛みとして感じられるわけではありません。脊髄や脳には、痛みの信号を強めたり弱めたりする調節機能があります。
そのため、身体の状態が同じように見えても、睡眠不足、疲労、不安、注意の向き方、過去の痛みの経験などによって、感じる痛みの強さが変わることがあります。特に慢性痛では、組織の状態だけでなく、神経系が刺激に対して過敏になる「感作」も関係します。
鍼治療は、この痛みの情報処理に対して、局所から脳まで複数の段階で影響を与える可能性があります。
1.鍼をした場所で起こる局所反応
鍼刺激によって感覚神経が活動する
鍼を皮膚や筋肉へ刺入し、回旋や上下動などの手技を加えると、組織に小さな機械的変形が生じます。
この刺激によって、皮膚、筋肉、血管、結合組織などに分布する感覚神経が活動します。刺激の深さや強さによって異なりますが、鍼刺激にはAδ線維やC線維と呼ばれる細い感覚神経が関係すると考えられています。
鍼による刺激が感覚神経を介して脊髄や脳へ伝わることで、その後の鎮痛反応が始まります。
局所の血流が変化する
鍼をした場所の周囲が、淡い赤色になることがあります。これは「フレア反応」と呼ばれる現象の一つです。
感覚神経に加わった刺激が神経の枝を逆方向にも伝わると、神経末端からカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの物質が放出されます。CGRPには血管を拡張させる作用があるため、局所の皮膚血流や筋血流が増加する可能性があります。このような局所反応を「軸索反射」といいます。
ラットを用いたShinbaraらの研究では、前脛骨筋への鍼刺激によって局所の筋血流が増加し、感覚神経とCGRPが関与する可能性が検討されました。
ただし、CGRP受容体を遮断した実験では、CGRPの関与を明確に確認できない結果も含まれていました。鍼刺激による血流変化には、CGRPだけでなく、アデノシン、一酸化窒素、局所反射、自律神経など、複数の要因が関係していると考えられます。
一般には「鍼によって血流がよくなり、痛みの物質が流される」と説明されることがあります。しかし、これは局所で起こる変化の一部を分かりやすく表したものです。
痛みは血流だけで決まるものではありません。局所の血流変化だけでは、鍼をした場所から離れた部位で痛みが変化することや、施術後も鎮痛効果が続くことを十分には説明できません。
アデノシンによる局所鎮痛
鍼をした組織では、アデノシンという物質が増加することも報告されています。
アデノシンは、身体の細胞が活動するときに使われるATPが分解される過程で生じる物質です。感覚神経に存在するアデノシンA1受容体へ作用すると、神経の興奮を抑える方向に働きます。
2010年に『Nature Neuroscience』へ掲載されたGoldmanらの動物研究では、鍼刺激によって局所のアデノシン濃度が増加し、アデノシンA1受容体を介してマウスの痛み反応が抑えられることが示されました。

鍼刺激による局所アデノシンを介した鎮痛機序の模式図
Goldman N, et al. Nature Neuroscience. 2010.
さらに2012年には、13人の健常者を対象としたTakanoらの研究が報告されています。この研究では、足三里付近の組織液を微小透析法で採取し、30分間の鍼刺激による変化を調べました。
その結果、鍼刺激中に局所のアデノシン濃度が増加し、施術終了後も約30分間高い状態が続いていました。また、鍼を刺すだけで回旋しなかった場合には、同様のアデノシン増加は確認されませんでした。
この研究は、ヒトでも鍼刺激によって局所のアデノシンが増加することを示した点で重要です。一方、対象者は少人数の健常者であり、痛みをもつ患者さんの症状が改善することを直接証明した研究ではありません。
2.脊髄で起こる痛みの調節
脊髄は痛みの単なる通り道ではない
身体から送られた痛みの信号は、まず脊髄の後方にある「脊髄後角」へ入ります。
脊髄後角では、末梢神経から届いた信号が次の神経へ受け渡されます。しかし、すべての信号が同じ強さのまま脳へ送られるわけではありません。脊髄には、痛みの信号を通しやすくしたり、通りにくくしたりする神経回路があります。
この仕組みを説明する代表的な考え方が「ゲートコントロール理論」です。
身体をぶつけたとき、痛い場所を手でさすると少し楽になることがあります。触れる、押す、さするといった刺激が比較的太い感覚神経を通って脊髄へ届くと、脊髄後角にある抑制性の神経回路が働き、痛みの信号が脳へ伝わりにくくなるためです。
ただし、鍼刺激は触覚刺激とは異なり、比較的細い感覚神経も活動させます。そのため、鍼鎮痛をゲートコントロール理論だけで説明することはできません。
鍼刺激は脊髄後角の神経活動を変化させる
脊髄後角には、触覚から強い侵害刺激まで、幅広い刺激に反応する広作動域ニューロン(wide dynamic range neuron:WDRニューロン)があります。
WDRニューロンは、末梢から入ってきた感覚情報を統合し、脳へ送る役割を担います。炎症や神経障害などによって過剰に活動すると、通常では痛みにならない刺激を痛く感じたり、痛みを必要以上に強く感じたりすることがあります。
2015年に報告されたHongらの動物研究では、急性内臓痛を生じさせたラットの足三里へ鍼刺激を行い、脊髄後角のWDRニューロンの発火を記録しました。その結果、一定以上の強さで鍼の手技を行うと、内臓刺激によって増加していた神経発火が抑制されました。
また、2024年のYuらの動物研究でも、鍼通電刺激によって脊髄後角のWDRニューロンが示す痛み関連の発火が抑制され、刺激強度によって反応が異なることが報告されています。
これらの研究は、鍼刺激が脊髄の段階で痛みの情報伝達を調節する可能性を示しています。
一方、いずれも動物実験です。動物実験で確認された反応が、実際に人が受ける通常の鍼治療でも同じように生じるかについては、慎重に考える必要があります。
脊髄内の抑制性神経伝達物質
鍼刺激によって脊髄後角の神経活動が抑えられる過程には、脊髄内のオピオイド受容体のほか、GABAやグリシンといった抑制性神経伝達物質が関係すると考えられています。
また、痛みが長く続くときには、NMDA受容体を介した神経興奮が増強し、脊髄後角の神経が過敏になることがあります。動物実験では、鍼通電刺激によって内因性オピオイドが働き、NMDA受容体を介した神経興奮が抑えられる可能性も報告されています。
痛む場所の近くと離れた場所では仕組みが異なる可能性
痛む場所の近くに鍼をする場合には、同じ脊髄分節内で起こる「分節性抑制」が関係する可能性があります。
一方、痛む場所から離れた部位へ鍼をした場合には、脊髄だけでなく、脳幹を介した広い範囲の疼痛抑制が関係すると考えられます。
鍼をする場所、刺激する組織、刺激強度などによって、活動する神経回路が異なる可能性があるということです。
3.脳で起こる痛みの調節
脳は痛みを感じるだけでなく抑える働きももつ
末梢から脊髄へ入った痛みの信号は、脳幹や視床を経て、大脳皮質へ伝わります。
痛みの情報処理には、一次体性感覚野、二次体性感覚野、島皮質、前帯状皮質、前頭前野など、複数の脳領域が関係します。
これらの領域は、それぞれ異なる役割をもっています。たとえば、体性感覚野は痛む場所や刺激の強さ、島皮質や前帯状皮質は痛みに伴う不快感や感情、前頭前野は注意や予測などに関係します。
つまり、痛みは単なる身体感覚ではなく、感覚、感情、注意、記憶などが組み合わさった体験です。
脳から脊髄へ痛みを抑える信号が送られる
脳には、末梢から上がってくる痛みの信号を抑える仕組みが備わっています。
この仕組みには、中脳水道周囲灰白質(periaqueductal gray:PAG)、吻側延髄腹内側部(rostral ventromedial medulla:RVM)、青斑核などが関係します。
これらの脳幹領域から脊髄後角へ信号が下ると、痛みを伝える神経活動が抑えられます。この脳から脊髄へ向かう仕組みを「下行性疼痛抑制系」といいます。
鍼刺激は、この下行性疼痛抑制系を活動させる可能性があると考えられています。局所に加えられた刺激が脊髄から脳幹へ伝わり、今度は脳幹から脊髄へ痛みを抑える信号が戻ってくるという流れです。
内因性オピオイドの関与
私たちの身体は、痛みを抑える物質を自ら作っています。
代表的なものが、β-エンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンなどの内因性オピオイドです。「脳内麻薬」と表現されることもありますが、身体の中でもともと作られている生理的な物質です。
内因性オピオイドが脳や脊髄のオピオイド受容体へ作用すると、痛みを伝える神経活動が抑えられます。
1977年に報告されたMayerらのヒト研究では、鍼によって生じた鎮痛が、オピオイド受容体拮抗薬であるナロキソンによって弱まることが示されました。
ナロキソンはオピオイド受容体への作用を遮断する薬です。そのため、この研究は、鍼鎮痛に内因性オピオイドが関係している可能性を示した初期の研究の一つとされています。

鍼刺激による下行性疼痛抑制系の模式図
Ma et al., Frontiers in Neuroscience. 2022;16:940343, Figure 7より引用
PETで確認されたμオピオイド受容体の変化
陽電子放出断層撮影(PET)を用いて、鍼治療による脳内のオピオイド受容体の変化を調べた研究もあります。
2009年に慢性痛患者を対象として行われたHarrisらの研究では、通常の鍼治療と偽鍼で、脳内のμオピオイド受容体に異なる変化がみられました。
この結果は、通常の鍼刺激と偽鍼によって起こる脳反応が、完全に同じではない可能性を示しています。
fMRIで確認された脳内ネットワークの変化
機能的MRI(fMRI)を用いて、鍼刺激による脳内ネットワークの変化を調べた研究もあります。
2010年に報告されたZyloneyらの研究では、鍼通電刺激によって、中脳水道周囲灰白質と、痛みや感情に関係する脳領域との機能的なつながりが変化することが示されました。
この結果は、鍼刺激が下行性疼痛抑制系を含む脳内ネットワークに影響する可能性を示しています。
ただし、fMRIで脳活動の変化が確認されたことは、それだけで治療効果を証明するものではありません。脳画像研究は、鍼刺激によって脳内の情報処理が変化する可能性を観察したものであり、それが患者さんの症状改善にどの程度関係するかは、臨床研究と合わせて評価する必要があります。
鍼鎮痛は局所・脊髄・脳が連続して起こる
鍼鎮痛の仕組みは、次のような流れで整理できます。
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鍼によって皮膚、筋肉、結合組織などに分布する感覚神経が刺激されます。
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局所で血流の変化やアデノシンなどの増加が起こります。
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感覚神経の信号が脊髄後角へ入ります。
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脊髄内の抑制性神経回路によって、痛みの信号が調節されます。
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信号が脳幹や大脳へ伝わり、脳内の疼痛調節系が活動します。
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脳から脊髄へ下る抑制性の信号によって、痛みの伝達がさらに弱められます。
このように、鍼鎮痛は局所だけの現象でも、脳だけの現象でもありません。
身体に加えられた刺激が神経を介して脊髄や脳へ伝わり、さらに脳から脊髄へ影響が返ってくる、双方向の反応と考えられています。
鍼鎮痛の仕組みと臨床的な効果は分けて考える
ここまで紹介した研究は、鍼刺激によって身体の中で何が起こるのかを調べたものです。しかし、作用機序が確認されたことと、実際の患者さんの痛みが改善することは、分けて評価する必要があります。
2018年に報告されたVickersらの個人データ・メタ解析では、39件のランダム化比較試験に参加した慢性痛患者20,827人のデータが解析されました。その結果、鍼治療は偽鍼および鍼治療を行わない対照群と比較して、慢性痛の軽減に一定の効果を示しました。
ただし、通常の鍼治療と偽鍼との差は、鍼治療を行わない場合との差よりも小さいことが報告されています。実際の治療効果には、鍼刺激そのものの作用だけでなく、患者さんの期待、施術者との関係、治療を受ける環境なども関係すると考えられます。
また、この結果はすべての痛みに鍼治療が同じように有効であることを意味しません。痛みの原因、病態、治療方法によって効果は異なるため、作用機序の研究と疾患ごとの臨床研究を合わせて評価する必要があります。
参考文献
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

