胚移植後の過ごし方
体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)では、受精した胚を子宮内に戻す胚移植が行われます。
胚移植後は、妊娠判定までの期間をどのように過ごせばよいのか、多くの患者が不安を感じる時期です。
実際の臨床でも、
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「移植後は安静にした方がいいですか」
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「腹痛や出血は着床のサインですか」
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「運動や仕事はしても大丈夫ですか」
といった質問を受けることは少なくありません。
しかし近年の生殖医療では、胚移植後に厳密な安静をとる必要はないとする考え方が主流になっています。
胚移植後の生活習慣が妊娠率を大きく左右するという明確なエビデンスはなく、過度な安静はむしろ血流低下につながる可能性も指摘されています。
参考文献
ESHRE Guideline Group. Ovarian stimulation for IVF/ICSI
https://www.eshre.eu/Guidelines-and-Legal/Guidelines/Ovarian-Stimulation-in-IVF-ICSI
胚移植後の身体の変化
胚移植後の体内では、着床に向けた生理学的変化が起こります。
体外受精では通常、胚移植後に黄体ホルモン(プロゲステロン)を補充します。
このホルモンは
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子宮内膜の脱落膜化
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着床環境の維持
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妊娠初期のホルモン環境の維持
などに関与しています。
その結果、妊娠初期と似た身体症状が現れることがあります。
ただし、これらの症状は妊娠の有無とは必ずしも一致しません。
参考文献
Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine.
https://www.asrm.org/practice-guidance
胚移植後の症状
胚移植後にみられる症状として、次のようなものがあります。
腹痛
軽い下腹部痛は比較的よくみられる症状です。
原因として
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子宮内膜の変化
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黄体ホルモン補充
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採卵後の卵巣腫大
などが考えられます。
出血
胚移植後に少量の出血がみられることがあります。
原因として
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胚移植時のカテーテル刺激
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子宮内膜の変化
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着床出血
などが考えられます。
ただし、出血の有無のみで妊娠の可否を判断することはできません。
眠気
黄体ホルモンの影響により、強い眠気や倦怠感を感じる患者もいます。
胸の張り
乳房の張りや痛みも、プロゲステロン補充の影響によって起こることがあります。
腹部の張り
採卵後は卵巣が一時的に腫大していることがあり、腹部膨満を感じる場合があります。
着床はいつ起こるのか
着床のタイミングは、移植する胚の発育段階によって異なります。
胚盤胞移植の場合
移植後1〜2日に胚が子宮内膜に接着し、移植後3〜5日に着床が進行すると考えられています。
この過程ではサイトカイン・免疫細胞・子宮内膜受容性などが重要な役割を果たします。
参考文献
Wilcox AJ, et al. Time of implantation of the conceptus.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM199906103402304
妊娠判定までの期間
体外受精では通常胚移植後9〜14日に血液検査(hCG)で妊娠判定を行います。
胚盤胞移植では移植後7〜9日で妊娠反応が検出されることもあります。
着床率に影響する因子
体外受精の成功率は、移植後の生活習慣だけで決まるわけではありません。
近年の研究では、主に次の要因が妊娠率に影響するとされています。
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胚の質
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母体年齢
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子宮内膜受容性
参考文献
Dyer S, et al. Assisted reproductive technology.
https://academic.oup.com/humrep
子宮内膜受容期(Window of Implantation)
近年の生殖医療では、子宮内膜受容期という概念が重要視されています。
これは子宮内膜が胚を受け入れることができる限られた期間を指します。
一般的には排卵後5〜10日頃に存在すると考えられています。
参考文献
Simon A, Laufer N. Assessment and treatment of repeated implantation failure.
https://www.fertstert.org/article/S0015-0282(12)02175-5/fulltext
凍結胚移植(Freeze-all strategy)
近年の体外受精では、採卵周期に移植するのではなく、胚を凍結して後の周期に移植する凍結胚移植(Freeze-all strategy)が広く行われています。
主な理由は
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卵巣刺激によるホルモン環境の影響を避ける
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卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の予防
などです。
参考文献
Stormlund S, et al. Freeze-all versus fresh embryo transfer strategy.
https://www.bmj.com/content/370/bmj.m2519
胚移植後の生活
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入浴
移植当日は感染予防の観点からシャワーのみとする施設が多いですが、翌日以降の入浴は問題ないとされています。
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運動
ウォーキングなどの軽い運動は問題ないとされています。
ただし、激しい運動や腹圧のかかる運動は控えた方がよいとされています。
参考文献
Cochrane Database: Bed rest after embryo transfer
https://www.cochranelibrary.com
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仕事
通常のデスクワークは問題ないとされています。
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性交渉
移植後数日は避けるよう指導されることがありますが、明確なエビデンスは限定的です。
鍼灸師の視点で重要な点
臨床的に重要なのは胚移植後の生活が妊娠率を大きく左右するわけではないという点です。
そのため患者さんが「歩いてしまった」「仕事をしてしまった」「少し動いてしまった」と不安になる必要はありません。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

