採卵とは?
― 鍼灸師が「採卵」を理解しておく必要がある理由
採卵とは、不妊治療において体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)に使用する卵子を、卵巣から体外へ取り出す処置のことです。
体外受精では、卵子と精子を体外で受精させ、その後育った胚を子宮に戻します。そのため、まず卵子を体外に取り出す必要があります。この卵子を採取する処置が採卵です。

鍼灸院にも、不妊治療を受けている患者が来院することは少なくありません。
その際、患者から
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「来週採卵なんです」
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「採卵周期に入っています」
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「今回は採卵数が少なかったです」
といった言葉を聞くことがあります。
しかし、採卵の流れやその医学的意味を理解していなければ、患者の状況を正確に把握することはできません。
そのため鍼灸師が不妊治療の患者に関わる場合、現在どの治療段階にあるのかを理解することが重要になります。
採卵は、体外受精の治療の中でも最初に行われる重要な医療処置であり、不妊治療の流れを理解するうえで欠かせない知識の一つです。
採卵の手順
採卵を行う前には、卵巣刺激(排卵誘発)と呼ばれる治療を行い、卵胞を育てます。
通常は注射や内服薬を使用し、約7〜12日程度かけて複数の卵胞を発育させます。
その後、超音波検査で卵胞の大きさを確認し、適切なタイミングで採卵を行います。
採卵では、超音波で卵巣の位置を確認しながら細い針を用いて卵胞の中の卵子を吸引します。
処置時間は10〜20分程度で、多くの場合は麻酔を使用するため痛みは最小限です。多くの施設で日帰りで行われます。
採卵自体には回数制限はありません。ただし身体的・経済的負担を考慮すると、1回の採卵で複数の卵子を採取することが望ましいため、卵巣刺激法が一般的に行われています。
採卵前に行う「卵巣刺激法」とは
体外受精や顕微授精では、採卵前に卵巣を刺激して複数の卵胞を育てる治療を行います。これを卵巣刺激法(排卵誘発法)といいます。
卵巣刺激法は大きく次の3つに分けられます。
① 高刺激法
高刺激法は、注射薬を中心に使用して卵巣をしっかり刺激し、一度に多くの卵子を育てる方法です。
1回の採卵で多くの卵子を採取できる可能性があり、現在の体外受精では比較的よく行われている方法です。
一方で、卵巣が過剰に反応すると卵巣過剰刺激症候群(OHSS)が起こる可能性があるため、慎重な管理が必要になります。
高刺激法には
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ロング法
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ショート法
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アンタゴニスト法
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PPOS法
など、いくつかの治療方法があります。
② 低刺激法
低刺激法は、内服薬や少量の注射を使って卵巣への刺激を抑えながら卵子を育てる方法です。
高刺激法と比較すると
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体への負担が少ない
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通院回数が少ない
といった特徴があります。
ただし、採卵できる卵子の数は少なくなることが多く、複数回の採卵が必要になる場合があります。結果として治療期間が長くなり、費用が増えることもあります。
代表的な方法として、排卵誘発剤のクロミフェンを使用するクロミフェン法があります。
③ 自然周期法
自然周期法は、排卵誘発剤をほとんど使用せず、その周期に自然に育つ卵子を採取する方法です。
薬の使用が少ないため
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体への負担が少ない
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OHSSのリスクが低い
といったメリットがあります。
一方で、採卵できる卵子は1個程度になることが多く、排卵してしまい採卵できない・採卵しても卵子が得られないといった可能性もあります。
1. 卵巣刺激は「個別化」が基本になっている
現在の生殖医療では、卵巣刺激は患者ごとに調整する「個別化刺激」が基本とされています。
刺激法を決定する際には主に次の要素が考慮されます。
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年齢
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AMH(卵巣予備能)
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卵胞数(AFC)
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過去の採卵結果
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OHSSリスク
例えば、AMHが高い患者やPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の患者では、卵巣が過剰に反応する可能性があるため、刺激量を抑えたり、刺激法を変更することがあります。
つまり、刺激法の違いは必ずしも「良い・悪い」ではなく、患者ごとの安全性を考慮した結果である場合が多いと理解する必要があります。
参考文献
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La Marca A, Sunkara SK. Individualization of controlled ovarian stimulation in IVF using ovarian reserve markers. Human Reproduction Update.
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ESHRE Guideline Group. ESHRE guideline: ovarian stimulation for IVF/ICSI.
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Peng Y, et al. Individualized controlled ovarian stimulation strategy reduces OHSS risk.
2. OHSS(卵巣過剰刺激症候群)の予防が重視されている
現在の卵巣刺激で最も重要視されているのが、OHSSの予防です。
OHSSとは、排卵誘発剤によって卵巣が過剰に反応し、卵巣腫大や腹水などを生じる合併症です。
リスクが高い患者として知られているのは
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若年女性
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PCOS
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AMH高値
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痩せ型
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多数の卵胞発育
などです。
このため近年は
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GnRHアンタゴニスト法
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GnRHアゴニストトリガー
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刺激量の個別化
など、OHSSを予防する治療戦略が広く用いられるようになっています。
参考文献
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ASRM Practice Committee. Prevention and treatment of ovarian hyperstimulation syndrome.
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ESHRE Guideline: Ovarian stimulation for IVF/ICSI
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Tsampras N, et al. Prevention of ovarian hyperstimulation syndrome.
鍼灸臨床でも、採卵周期の患者で腹部膨満・下腹部痛・倦怠感などがみられる場合は、卵巣の反応による症状の可能性を理解しておく必要があります。
3. 採卵数だけでは治療成績は評価できない
体外受精の結果を語る際に「何個採れたか」が注目されがちですが、近年の研究では
採卵数=妊娠率ではないことが明確になっています。
治療成績には
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卵子の質
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受精率
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胚の発育
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移植方法(新鮮/凍結)
など多くの要素が関与します。
実際、最近の研究では
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低予後群では採卵数を増やしても生児率が必ずしも上昇するわけではない
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過度な刺激はホルモン環境を変化させる可能性がある
といった指摘もあります。
したがって、患者が「今回は採卵数が少なかった」と落ち込んでいる場合でも、それだけで治療結果を判断することはできないという理解が重要です。
参考文献
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Wei D, et al. Fresh versus frozen embryo transfer in women with low prognosis for IVF. BMJ, 2025.
論文ページ
4. 新鮮胚移植と凍結胚移植の使い分け
近年の生殖医療では新鮮胚移植か凍結胚移植かという選択も重要なテーマになっています。
特に卵巣刺激によってエストロゲンや・プロゲステロンが大きく変動する場合には、子宮内膜の環境が変化することがあります。
そのため現在は、採卵周期では移植せず、胚を凍結して次周期に移植する(freeze-all strategy(全胚凍結))という戦略が多くの施設で採用されています。
ただし最近の研究では、すべての症例でfreeze-allが有利とは限らない可能性があり、患者背景によっては新鮮胚移植の方が生児率が高い可能性も指摘されています。
参考文献
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Stormlund S, et al. Freeze-all versus fresh embryo transfer strategy. BMJ.
論文ページ -
Shi Y, et al. Transfer of fresh versus frozen embryos in ovulatory women. New England Journal of Medicine.
論文ページ
5. AIや新しい培養技術の導入
採卵後の胚評価にも新しい技術が導入されています。
近年注目されているのがAIによる胚評価(AI embryo selection)です。
これはディープラーニングを用いて、胚の画像から着床可能性を評価する技術です。
研究段階ではありますが、従来の形態評価と同等、あるいはそれ以上の精度が報告されており、生殖医療の分野でもAIの活用が進みつつあります。
参考文献
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Berntsen J, et al. Robust and generalizable embryo selection based on artificial intelligence.
FAQ例
Q. 採卵は痛いですか?
採卵は超音波で卵巣の位置を確認しながら細い針で卵胞を吸引する処置です。多くの施設では麻酔を使用するため痛みは最小限で、処置時間は10〜20分程度です。
Q. 採卵では何個くらい卵子が取れますか?
卵巣刺激法や年齢、卵巣予備能によって異なりますが、一般的には5〜15個程度採取されることが多いとされています。
Q. 採卵周期に鍼灸を受けても大丈夫ですか?
採卵周期でも鍼灸を受けることは可能ですが、腹部への強い刺激や体調変化には注意が必要です。現在の治療段階を理解したうえで施術を行うことが重要です。
当院における治療実績(IVF)
2023年1月~2025年12月を調査しました。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

