過敏性腸症候群(IBS)と鍼灸
🔵 Q&Aでわかる!
IBSと鍼灸治療
Q1. 過敏性腸症候群(IBS)とは?
A. ガイドラインを参照してお答えします。
・診断に使われるRome基準(Rome IV:2016年改訂)について
過敏性腸症候群(IBS)は、腹痛や便通の異常が続く病気で、腸に炎症やがんなどの異常が見つからないにもかかわらず、つらい症状が続くのが特徴です。
診断には、「Rome基準」と呼ばれる国際的な診断基準が使われています。
・最新のRome IV基準(2016年改訂)では、IBSは次のように定義されています:
ここ3か月の間に、
「腹痛が週に1日以上ある」ことを前提に、次の3つのうち2つ以上が当てはまる場合。
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排便によって症状が良くなったり悪化したりする
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排便の回数が変化する(多くなったり少なくなったり)
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便の形(硬さや柔らかさ)が変わる
さらに、こうした症状が6か月以上前からあり、直近3か月はこれらの条件を満たしている必要があります。
IBSは「除外診断」で決まる病気
IBSの診断は、「IBSに似た症状を引き起こす他の病気がないこと」を確認したうえで行います。たとえば、次のような病気を検査で除外する必要があります:
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潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患
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細菌やウイルスによる感染性腸炎
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乳糖不耐症やセリアック病(小麦に含まれるグルテンへの反応)
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甲状腺の異常(甲状腺機能亢進症・低下症)
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大腸がん など
そのため、大腸内視鏡検査や血液検査など、必要な検査を行い、これらの病気がないことを確認したうえで、Rome基準に合致していればIBSと診断されます。
Q2. IBSの分類は?
A. IBSは「便のかたち」で4タイプに分けられます。
IBSは、便通の状態によって次の4つのタイプに分類されます。
これは、「機能性消化管疾患診療ガイドライン2020」で示されており、便の形状の頻度に基づいて判断されます。
1. 便秘型(IBS-C)
硬くコロコロした便(兎糞状便)が25%以上、
柔らかい便や水のような便が25%未満のタイプ。
→ 繰り返す便秘と、それによるおなかの張りや不快感。
2. 下痢型(IBS-D)
柔らかい便や水様便が25%以上、
硬い便が25%未満のタイプ。
→ 突然の腹痛と下痢。
3. 混合型(IBS-M)
硬い便も柔らかい便も、どちらも25%以上あるタイプ。
→ 便秘と下痢を交互に繰り返す。
4. 分類不能型(IBS-U)
どのタイプの基準にもはっきり当てはまらないもの。
→ 便に異常は感じるが、特徴がはっきりしない。
Q3. ガイドラインでは「鍼灸」の記載がある?
A. はい、記載があります。
【CQ 3-20】のIBSに補完代替医療は有用か?に記載があります。
「④鍼治療(acupuncture)については複数のRCT, 2つのメタアナリシスでIBS, IBS-Dに有効性が示されている。標準治療法または抗うつ薬にうまく反応しなかった場合は、代替として鍼治療を行うことを提案する。(中略) 灸治療(moxibustion)についてはIBS, IBS-Dに対する複数のRCTと2つのメタアナリシスがあり、全般的IBS症状改善、腹部膨満および排便頻度が改善することが示された。」と記載があります。
Q4. 「鍼灸」ってIBSに効くの?
A. イギリスで行われた2年間の追跡調査を見てみましょう。
イギリスの研究チームは、IBSの患者に対して週1回・最大10回の鍼治療を行い、その効果がどのくらい続くのかを2年間にわたって追跡調査しました。
これはランダム化比較試験(RCT)として行われた、信頼性の高い研究です。
✅ 主な結果:
・3〜12か月の時点では、鍼治療を受けたグループにIBS症状の改善が見られました。
・2年後(24か月)では、統計的な有意差はなかったものの、初期の効果のおよそ80%が維持されていたと報告されています。

💡 つまり…
短期的には明確な改善効果があり、長期的にもその多くが持続していたという点は注目に値します。IBSは慢性的に症状が出る病気であるため、「時間が経っても症状がぶり返しにくい治療法」として、鍼灸の可能性が示された研究です。
Q5. なんで鍼灸がIBSに効くの?
IBSにおける「内臓過敏性」とは?
IBSの代表的な特徴の一つが「内臓過敏性」です。
これは、腸が正常以上に敏感になり、通常では感じない程度の腸の動きやガスでも痛みや不快感を感じてしまう状態です。
・鍼灸はどのようにして内臓過敏性をやわらげるのか?
最新の研究では、以下のようなメカニズムが報告されています:
鍼刺激は、脳(Brain)、脊髄(Spinal Cord)、脊髄後根神経節(DRG)、腸内細菌叢(Gut Microbiota)、腸内環境(Intestinal Environment)など、さまざまなレベルで作用し、内臓過敏性を緩和し、IBSの症状を改善することが基礎研究レベルで示唆されています

Q6. なんでツボに鍼を刺すと効くの?
その答えは、体の状態や病気の状態によって身体にでてくる「反応点」だからです。
例えば、お腹のツボ「ST25(天枢)」に鍼通電刺激を行い、腸の機能(特に結腸)にどのような影響があるかを調べました。
👉 要点をまとめると──
1.ST25(天枢)への鍼刺激で、IBSモデルラットの腸の症状が軽くなった
2.ST25からの刺激が、結腸(大腸の一部)の機能に影響していた
3.ST25と結腸が同じ脊髄のレベル(胸腰髄)を通してリンクしていることが分かった。
鍼で刺激するツボ(ST25)は、ただの点ではなく、内臓とつながる神経の「入り口」のような場所。
そのツボを刺激すると、
✅ 脊髄を通して、内臓に信号が届き、
✅ その内臓の働きが調整される
という 「神経的な反射」が起きているということ。
この反応のことを専門的には「体性-内臓反射」と言います。
このことを裏づけるのが、以下の論文です:
この論文が示しているのは──
ST25(天枢)は、IBSや便秘・下痢の鍼治療で頻用されてきましたが、今回の研究はその伝統的知見がIBSの症状を軽減させ、さらに神経科学的な根拠を与えました。

Q7. ツボによって効果に差があるの?
この研究では、IBSモデルラットに対して、足三里(ST36)と膏肓(BL43)の鍼通電がどのように作用するかを調べました。
足三里は、 東洋医学では「消化器疾患」に用いる代表的な経穴です。足三里を選択することの意義を科学的に裏づけることができました。

📊 結果:
足三里への鍼通電は、 A:AWRスコアを有意に低下させ、 B:筋電図の振れが明らかに少なくなり、 C:EMGの反応量(AUC)も有意に低下し、痛み反応が抑えられました。

📊 結果:
【A】 鍼通電+ナロキソン群では、スコアが有意に上昇しており、鍼通電の鎮痛効果が消失しています。【B】 ナロキソン単独では内臓過敏性に影響を与えないことが確認されました。
Opioid systemを介して内臓過敏性を軽減することが明らかとなりました。

Q8. 鍼灸は「痛みの記憶」に関わる物質を調節する?
IBSラットにおけるBDNF/TrkB発現の変化
BDNF/TrkBとは?
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BDNFは神経成長因子の一種で、神経可塑性(痛みの記憶や神経の興奮)に関与。
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TrkB(その受容体)と結合することで、慢性痛の増幅や維持に関与します。
研究内容と結果
1. IBSラットでは、BDNF/TrkBの発現が大腸・DRGで増加していた
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IBSモデルでは、大腸および脊髄後根神経節(DRG)において、BDNFとTrkBの発現量が上昇し、痛みの過敏性に関与していました。
2. 鍼通電とお灸で、その発現が有意に抑制された
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大腸とDRGの両方において、BDNF/TrkBの発現量が低下。
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それに伴い、内臓過敏性(痛み)も軽減されました。
3. 鍼通電のほうがお灸より効果が強かった
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両者とも有効でしたが、EAの方がBDNF/TrkBの抑制効果が大きい傾向が示されました。
まとめ
IBSではBDNF/TrkBシグナル系が神経過敏性や痛みの維持に関与しており、鍼通電とお灸によってこの系が調整されることで、痛みが軽減されることが示唆されました。


Q9. IBSは東洋医学ではどのように考えられている?
過敏性腸症候群(IBS)は、中医学ではどのように考えられているのでしょうか?
国際的に高い評価を得ているGut誌(2006年)から見てみましょう。
IBSは「脾」を中心にとらえる病態
✅ 本質的な見立て
中医学では、IBSは主に「脾気虚(消化・九州の機能低下)」+「肝気鬱結(ストレスによる気の滞り)」が複雑に関わっていると考えます。
✅ 脾の働き
・食べ物の消化・吸収に関与し、「気・血・津液」を作る役割があります。
・この脾の働きが弱ると、食欲不振・軟便・下痢・倦怠感などが起こります。
頻度の多いパターン
肝気鬱結:脾虚ストレスで肝の気が滞り、脾の働きを妨げる
→ 下痢・腹痛・情緒不安定
脾気虚:脾の消化吸収力が弱く、食物を処理できない
→ 軟便・倦怠感・食欲不振
脾腎陽虚:脾と腎の陽気が不足し、冷えや慢性的な虚弱状態
→ 冷え・慢性下痢・朝方に悪化
✅ メカニズム
・抑うつやストレスによって「肝気鬱結」を引き起こします。
・肝気鬱結→肝乗脾→脾の運化が低下→肝脾不和→下痢・腹痛などを起こします。
✅ 使用された経穴
太衝、足三里、三陰交、中脘、梁門、天枢、神門、百会が用いられていました。
Q10. 鍼刺激を加えると身体に変化はあるの?
A. 大腸と脊髄後根神経節(DRG)の観点から、衛星グリア細胞という細胞に着目して、その変化について見てみましょう。
背景:なぜグリア細胞に注目するのか?
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衛星グリア細胞は、大腸や脊髄後根神経節(DRG)に存在する支持細胞で、神経の興奮性や炎症反応の調整に深く関与します。
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通常では、Glial Fibrillary Acidic Protein(GFAP)の発現は少ないですが、グリア細胞が炎症・損傷・過敏化などで活性化すると増加します。そのため、衛星グリア細胞の活性化指標としてGFAPを評価します。
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特に、内臓過敏性(Visceral Hypersensitivity)の背景には、この衛星グリア細胞の過剰な活性化が関わっていると考えられています。
研究方法の概要
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IBSモデルラットを作成し、6週目に鍼通電を実施
経穴:天枢(ST25)-上巨虚(ST37)に対して2/100Hz、1mA、30分としました。
結果
【A】モデル群はGFAPが強く発現しましたが、鍼通電群やFCA群では抑制されました。
【B】Western blotでは、鍼通電群やFCA群で薄くなっています。
【C】GFAP/β-actin比は鍼通電で減少しました。
【D】GFAP mRNAの発現(RT-qPCR解析)の傾向は、Cと同じでした。

大腸組織におけるGFAPの発現についてです。
前述したものと見方はほぼ同じで、鍼通電群とFCA群では、この異常な活性化を抑制できていることが確認できました。

モデル群においては、結腸関連DRGニューロンが過剰に興奮しやすくなっている(RMP、AP数の増加、Rheobase)ことを明確に示しています。 鍼通電はこれらのニューロンの過剰な興奮性を抑制する効果があることが示されました。

過敏性腸症候群(IBS)と脳機能の関係
■ 内側視床(Medial Thalamus, MT)
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痛み、情動、覚醒、認知に関わる情報を、大脳皮質へ中継する中枢核
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IBSでは、この領域における過活動や過敏性の亢進が報告されています
■ 前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex, ACC)
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痛みの知覚・評価・情動反応を担うとともに、共感、意思決定、注意制御にも関与
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IBS患者では、ACCの異常活動(過剰な痛みやストレス反応)が示唆されています
鍼刺激による中枢機能の調整効果
鍼通電によって、MTおよびACCにおける星状膠細胞(astrocytes)の異常な活性化が抑制されている様子を示しています。
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星状膠細胞は、痛みや情動ストレスによって活性化し、GFAP(Glial Fibrillary Acidic Protein)の発現が増加
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IBSモデル動物では、GFAPの上昇=中枢神経の「過敏状態」と一致
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鍼通電は、GFAPの発現を有意に抑制し、中枢神経の過敏化を沈静化
まとめ
鍼刺激は、IBSにおいて過活動を示す中枢神経系(MT・ACC)に作用し、星状膠細胞の過剰な活性を抑制することで、痛みやストレスに関連した中枢異常を是正し、内臓過敏性の軽減に寄与していることが明らかとなりました。




つまり…鍼刺激は、
✅ グリア細胞(星状膠細胞/衛星グリア)抑制が鍵で、
✅ 中枢(MT, ACC)だけでなく、末梢(大腸、DRG)においても同様の作用があり、
✅ 「鍼通電→グリア細胞の抑制→過敏性の軽減→痛み軽減」というメカニズムを示すことができました。


