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Cancer pain

がん疼痛(痛み)

がん疼痛とは

 がん疼痛とは、がんそのものやがんの治療に伴って生じる痛みのことを指します。がん患者さんの多くが経験する症状のひとつで、生活の質(QOL)に大きく影響します。

 日本緩和医療学会では、「がん疼痛の分類・機序・症候群」を発表しています。

痛みの原因は主に3つに分けられます:

がん患者における疼痛の世界的動向

 2016年に Journal of Pain and Symptom Management に発表された van den Beuken-van Everdingenらによる大規模メタ解析では、117研究(計63,533例)の解析に基づき、がん患者の疼痛の有病率と重症度が以下のように報告されています:

  • 治療後:39.3%

  • 治療中:55.0%

  • 進行期/転移期/終末期:66.4%

  • 中等度〜重度の疼痛(NRS ≥ 5):38.0%

 

 この結果から、がん治療において疼痛が依然として高頻度に存在し、その管理が患者のQOL向上に不可欠であることが示されました。今後は痛み評価・管理へのさらなる介入の強化が求められます。

👉 van den Beuken-van Everdingen, et al., J Pain Symptom Manage. 2016

2023年に大規模アップデート

 2023年にCancersに発表されたSnijders らによる最新のメタ解析では、2014年〜2021年の444研究を対象に、がん患者における疼痛の全体的な有病率と重症度を評価しました。結果、がん患者全体では44.5% が疼痛を経験し、そのうち30.6% は中等度〜重度の疼痛を報告しています。

 これらの数字は、過去に比べて若干の改善が見られるものの、依然として約半数の患者が疼痛に苦しんでいる現実を示唆しています。がん治療や疼痛管理の進歩が認められる一方で、疼痛への包括的なケアの強化が、引き続き不可欠であることが浮き彫りになりました。

👉 Rolf A H Snijders, et al. Cancers. 2023

ガイドラインの中の鍼灸の取り扱い

​ ガイドラインでは鍼灸治療がどのような位置づけになっているのかを、まずは一覧表を確認してみましょう。

  • NCCN(Adult Cancer Pain, 2025版):最新版では「非薬物介入を含む統合的な疼痛管理」の重要性を明記しており、非薬物療法の選択肢の一つとして鍼灸を含めた統合的アプローチが紹介されています。

  • ASCO / SIO(2022):ASCOとSociety for Integrative Oncologyの合同ガイドライン(2022)は“統合医療”の立場からの推奨を出しており,鍼灸などが一般のがん疼痛や筋骨格系の痛みに対して採用され得ることを示しています。エビデンス評価は“中程度”の根拠・推奨とされる領域があり、「完全な高品質エビデンス一色ではないが臨床的利用を支持する」という位置づけです。

  • 日本緩和医療学会(2020):2020年版の『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン』では、鍼灸に関する記載がありません。これは、薬物療法に焦点を当てたガイドラインであるためと考えられます。ただし、日本緩和医療学会が発行した『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス(2016年版)』(金原出版)のガイドラインには、鍼灸についての記載があります。


​👉 Ⅲ章 各論:クリニカル・エビデンス
https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=92

​​ガイドラインから読み取る鍼灸の立ち位置

  1. 位置づけは“補助/併用”が基本

    多くの主要ガイドラインは「基本は薬物療法(利益>不利益)」を前提にしており、鍼灸は単独で第一選択になるよりも、薬物や理学療法などと組み合わせる補助的選択肢として扱われることが多いです。
     

  2. 適応の選別が重要

    骨転移による疼痛、神経障害性疼痛、治療後の筋骨格痛などで鍼が有効となる報告がある一方、重度の血小板減少(出血リスク)皮膚・組織が損なわれている局所(放射線皮膚障害腫瘍直下の皮膚などでは注意が必要です。

まとめ

 多くの国際/国内ガイドラインはまず薬物療法(WHOラダー等)を基盤とし、薬物で十分コントロール困難な場合や薬物の副作用を抑えたい場面で鍼灸などの非薬物的介入が補完的に検討される、という立場です。ただしASCO/SIOや最近のNCCN(2025)などでは鍼灸を積極的に“選択肢”として扱う方向に変化してきている点が重要です。

鍼灸のエビデンス

​1.「鍼はがん疼痛を本当に緩和するのか?」

 がん患者の痛みの緩和において、鍼治療が有効であるかどうかについて、2020年に発表された系統的レビューとメタアナリシス(He Y, et al., JAMA Oncology)では、鍼治療が痛みの軽減に有意な効果を示すことが明らかになりました

研究の概要

 本研究では、17件のランダム化比較試験(RCT)から1,111人のがん患者のデータを分析しました。

 

 その結果、以下の重要な知見が得られました:

  • 痛みの軽減:偽鍼(シャム鍼)と比較して、実際の鍼治療は痛みの強度を平均1.38ポイント(95%信頼区間:-2.13~-0.64)有意に低下させました。

  • オピオイド使用量の減少:鍼治療と鎮痛薬の併用により、オピオイドの使用量が1日あたり平均30mg(モルヒネ換算)減少しました。

  • エビデンスの質エビデンスの質は「中程度」と評価されました。

鍼灸 JAMA
鍼灸 JAMA
鍼灸 JAMA

2.「効果のある鍼治療ってどんな治療?」

 この研究では、四関穴(手足の主要ツボ=合谷と太衝)単独と、四関穴+症状に応じた補助穴の組み合わせが、がん患者の痛み改善にどの程度効果があるかを比較することが目的とされました。

研究の概要

  • 対象:がん患者

  • デザイン:ランダム化比較試験(RCT)

  • 介入:

    1. 四関穴単独群

    2. 四関穴+補助穴群(症状に応じて追加のツボを選択)

  • 評価指標:痛みの強度を治療開始から5日目に評価

研究結果

  • 四関穴+補助穴の組み合わせ群は、単独群に比べてDay 5(治療開始から5日目)における痛みの改善が有意に大きかった(P < 0.05)

  • つまり、四関穴に補助穴を組み合わせることで、より効果的な痛みの軽減が可能であることが示されました。

👉 To-Yi Lam et al., BMC Complementary and Alternative Medicine: Acupuncture for Cancer Pain

3.「鍼通電療法の効果的な刺激条件ってあるの?」

がん性疼痛に対する鍼通電療法の効果的な刺激条件について、2023年に発表された研究では、データマイニングを用いて以下のような最適な刺激パラメータが明らかにされました。

効果的な鍼通電の刺激条件

  • 波形:dilatational wave

  • 周波数:2 Hz / 100 Hz(低周波と高周波の交互の刺激)

  • 刺激時間:1回あたり30分

  • 治療頻度:1日1回

 これらの鍼通電の刺激条件は、がん疼痛の緩和において最も多く使用されており、特に有効とされています。

効果的な鍼通電の刺激条件

推奨される主な経穴

 研究において言及された58の経穴の中で、以下のツボが特に効果的とされています:

  • 足三里(ST36)

  • 三陰交(SP6)

  • 合谷(LI4)

  • 内関(PC6)

  • 曲池(LI11)

  • 太衝(LR3)

  • 阿是穴(Ashi point)

  • 背部兪穴(Jiaji point)

推奨される主な経穴

👉 Quan-Yao Li, et al., Research on Electroacupuncture Parameters for Cancer Pain Based on Data Mining. Integr Cancer Ther. 2023

臨床的意義

 この研究は、がん疼痛に対する鍼通電療法の標準化に向けた重要な一歩となります。推奨される刺激条件と経穴の組み合わせは、治療効果の最大化を図る上で有用な指針となります。ただし、個々の患者の状態や反応に応じて、治療計画の調整が必要です。

4.「各種がんに対して鍼通電療法って効果的なの?」

 2023年に発表されたレビュー研究では、17件のランダム化比較試験(RCT)、合計1,275例のがん患者を対象に鍼通電療法の効果が検討されました。

  • 対象は各種がん患者で、痛みの部位や種類に応じて鍼治療が実施されている

  • 使用された主な経穴は、四関穴、足三里、三陰交、内関、陽陵泉、圧痛点など

  • 特殊な部位の痛みには、膵がん:膈兪・肝兪、術後痛:足三里や局所穴などが選択された

 これにより、鍼通電療法はさまざまながん患者の痛み緩和に有効な補完療法であることが示されています。

各種がんに対する鍼通電療法

今後必要なこととして(私見)

  • 主治医と連携して「どの痛みに」「どの頻度で」「継続評価は何で行うか」を合意する。

  • 患者さんの血液検査、皮膚・放射線治療歴、抗凝固薬の有無を確認して安全性を担保する。

  • 効果判定を事前に決め、一定期間後に評価して継続可否を判断する。

  • カルテ記載では「目的」「評価の結果」「合併症の有無」を明確に残すことが重要。

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