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Acupuncturist

がん患者を事例に、鍼灸師の役割を考える

​鍼灸師にできること

 

 みなさん、こんにちは。

 鍼灸師の松浦知史です。私は鍼灸師として日々、患者さんと向き合う仕事をしています。

 今回は、がん患者さんを事例に、鍼灸師の役割」についてお話しします。

 まず簡単に自己紹介をさせていただきます。私は音楽を聴いたり、本を読んだりすることが好きで、休日には家族と出掛けたり、散歩をしたりすることが何よりの楽しみです。忙しい日々のなかでも、家族と一緒に食卓を囲む時間や、趣味の読書に没頭するひとときが、私にとっての大切な時間です。

 みなさんにも、同じように大切にしている「日常」があるのではないでしょうか?

 けれども、病気になると、この当たり前の「日常」は一変します。

 

 たとえば「がん」と診断されたとき、検査や治療が生活の中心に入り込み、今までの生活が大きく揺らいでしまいます。

 

 ここでまず、現代医学の役割について考えてみます。医師は、病理検査や画像検査などの精密な検査をもとに「がんの種類」「進行度」「治療法」などを決定します。診断や治療方針を定めることは生命に直結するため、何より重要です。ですから、どうしても「診断名」と「治療計画」が中心となります。しかしこの過程では、患者さんが抱える倦怠感や不眠、不安や家族との関係の葛藤といった個別の苦しみは、診断名や検査値の背後に隠れてしまいがちです。

 ここで、ある患者さんの物語を紹介します。
 60代の女性、乳がんの手術後に抗がん剤治療を受けておられました。

 この方はこう語りました。

 「体がだるく、夜眠れない。食欲もない。髪が抜けたことも本当につらい。家族に心配をかけたくないから笑顔を作っているけれど、ひとりになると涙が出るんです」

 医師からは「副作用は時間とともに軽減する」「数値的には経過は良好です」と説明されました。
 しかし、患者さん自身の生活の中には苦痛が残っていました。

鍼灸 緩和ケア

 鍼灸師は、この患者さんを「よくみられる症状を抱えた一例」としては見ません。語られた中にある身体的・心理的・社会的な要素を総合して解釈します。つまり、鍼灸師は、「その人の物語」として捉え直します。

 たとえば「不眠」という訴えひとつをとっても、その背景は人によって大きく異なります。ある人にとっては体力の低下が原因かもしれません。別の人にとっては、情緒の不安から眠れなくなっているのかもしれません。また、食欲不振や消化機能の低下と連動している場合もありますし、孤独感のような心のあり方と深く結びついていることもあります。

 

​ ​この捉え方にこそ、鍼灸師の役割があります。

鍼灸 緩和ケア.PNG

 鍼灸師の仕事= think you
 つまり、疾患ではなく「あなた」を診ることです。

 実際の治療では、足三里や三陰交、内関などで消化器の働きや気血を補い、百会や印堂で安眠を促しました。治療の場は、同時に「語りを受け止める場」ともなります。
家族には言えなかった不安を口にすることで、患者さんは少しずつ心が軽くなっていきました。
数回の治療を経て、この患者さんはこうおっしゃいました。
 「夜が少し眠れるようになりました。食欲も戻ってきて、家族と一緒にご飯を食べられるのが嬉しいんです」

 

 この言葉は、まさに鍼灸師の仕事の意味を物語っています。

鍼灸 緩和 ナラティブ.png

【鍼灸臨床レポート】

Narrative Based Medicineと鍼灸、そして鍼灸師
 

ある胃がん患者さんの物語
 32歳(女性)で進行性のスキルス胃がんになられた小川さん(仮名)は、「あなたの病気のがんは、根治するのが難しい」と伝えられた時、これが現実に起きていることだとは考えられなかったそうです。先生の説明がドラマを見ているかのような感覚に陥ってしまい、その後の記憶も飛び、気が付いたら家にたどり着いていたそうです。
 このように人間は想定をはるかに超える衝撃的なことに直面すると、心の機能がバラバラになってしまい、目の前で起こっていることを認識はできても、それが現実とは思えなかったり、記憶が飛んでしまうことがあります。医学的には「解離状態」といい、がん告知に限らず、心のショックが大きかった場合にはよく経験される状態です。解離状態は、一気に激しい衝撃を受けることから心を守るための一種の防衛反応なのかもしれません。
 小川さんは、家に帰った後も放心状態で、その日はほとんど眠れなかったそうです。しかし、朝方少しだけ眠りにつくことができ目が覚め起き上がると、「昨日のことは現実なんだ」という実感とともに、背中がゾッとする感覚にも陥ったそうです。しばらくすると激しい絶望感が一気に襲ってきたそうです。
 毎年健診にもいかれていたようで、「32歳の私は健康でいるのが当然だ」とも思っていたのに、たいして悪いこともしてないのに自分がスキルス胃がんになってしまったことに納得がいかず、「なんで私なんだろう?よっぽどあの人のほうが・・」という考えが頭から離れなかったそうです。小川さんは怒りを抑えきれず、泣いたり、ものを壊したり、両親に八つ当たりをしてしまうことがありました。しかし、いくら怒っても現実は揺るがず変わりもしないので、怒ることにも疲れ果ててしまいました。
 やがて疲れ果てて怒りの感情がおさまってくると、今度は悲しみで気持ちがいっぱいになりました。これからの希望に満ちた未来をあきらめなければならないと考えると、涙がとまらなかったそうです。
 小川さんのように、突然衝撃的なことが起きてしまうと、喪失を受け入れるにはそれなりの時間と様々なプロセスが必要なことが分かります。茫然自失となり起こったことがにわかには理解できない時期、取り乱して泣いたり八つ当たりしたり理不尽な現実に怒りがこみ上げる時期、悲しみでいっぱいで涙がとまらない時期、人生とはそもそも平等ではないんだという事実を理解して泣く時期など、様々な様相を呈しながら少しずつ起きてしまったことに対して向き合えるようになってくるそうです。
 これを心理学の領域では、「喪の仕事」と言いますが、こうした骨の折れるプロセスを経て、人はがんになる前に描いていた人生と徐々に別れを告げ、新たな現実に向けて歩みをはじめると考えられています。小川さんはその過程の中で、奇遇なことに鍼灸と巡り合いました。受診するか迷いながらも両親の勧めもあり、鍼灸院に来院してくれたようです。はじめは半信半疑で、疑いの目で私を見ているような様子でした。その背景には、自分より長生きできるであろう私をうらやむ気持ちがあったのかもしれませんし、「あなたには私の気持ちなんか分からない」という気持ちもあったのかもしれません。
 最初は小川さんと信頼関係を結べるか心もとなかったのですが、私は今までの一通りのいきさつを伺いました。そうすると小川さんは少しずつ心境を語られるようになり、そして「自分はどうしたらよいのか分からない。一緒に考えてほしい」とおっしゃいました。少し私に頼ってみようと思われたのかもしれません。
 鍼灸治療では痛みや腹部膨満感、便秘、吐き気、食欲不振、精神面などそれぞれお困りのことに対してできる限りのことをさせて頂きました。小川さんは病院に通院しながら鍼灸治療を受けることで、少しずつではありましたが、物事を前向きにとらえられるようになってきました。ある時「がんになって正直悔しい。今でも私ががんになったとは考えられないところもある。でも、今生きられていることに感謝したいし、両親にもできる限りのことがしたい」とおっしゃったのです。また、「両親は今年の4月で結婚35周年ということもあり、そこまで元気でいて、お食事会を開催したい」と言い、それが鍼灸治療の目的・目標となりました。
 なんとかその願いはかない、小川さんは車いすでお食事会を楽しめることができたそうです。食事の際、ふと両親と目が合うと、走馬灯のように過去の記憶や両親への想いなどが駆け巡ったようです。両親が喜んでる姿、悲しんでる姿、泣いている姿、怒っている姿、心配してくれた姿など、そのどれもが愛おしく思えてきたようです。「もうすぐこの世を去るかもしれないけど、その前に素晴らしい一日を過ごすことができた」と心の底から感動し、満たされていく感覚があったようです。
 その後、小川さんは入退院を繰り返し、最後は緩和ケア病棟で亡くなりました。亡くなる前に小川さんは「若くして死ななければならないのは残念だけど、でも私は幸せでした。今までありがとう」という感謝の言葉を両親に伝えられたようです。

 鍼灸師として適切に介入できたかは分かりません。今回の事例に答えはないと思いますが、ともに悩み、ともに考えた時間は意味のあることだったと私は思います。家族と楽しい時間を過ごすこと、おいしいご飯を食べること、これらは意識しないと当たり前のように過ぎ去っていきますが、こうした何気ない時間こそが本当は大切で、愛おしいものではないのかと考えさせられました。まさに「師は、患者なり」です。

ある乳がん患者さんの物語
 山田さん(仮名)、58歳。乳がんが骨に転移し、腰や背中の痛みに悩まされながら過ごしていました。抗がん剤治療はすでに終了しており、残された時間をどう生きるかが課題となっていました。

 ご本人は「どうせもう先は短い。鍼なんて意味があるの?」と半信半疑でした。しかし、付き添っていた娘さんの「お母さん、少しでも楽になってほしい」という願いに背中を押され、鍼灸を受けてみることになりました。

乳がん 鍼灸.png

 初めての治療では、痛みに配慮してごく浅い鍼とお灸を行いました。終わった後、山田さんは小さく微笑み、「なんだか体が軽い」と一言。その笑顔を見た娘さんの目に涙があふれ、「久しぶりにお母さんが笑った」と声を震わせました。

 それから週に数回、治療は続きました。痛みの強い日には、鍼も控えめにして、気持ちが落ち着くように寄り添いました。次第に山田さんは「鍼を受けると心がほっとする」「夜に少し眠れる」と話すようになり、表情に柔らかさが戻ってきました。

 ある日、治療中に山田さんがぽつりと語りました。
 「私は、もうすぐお別れなのに……鍼をしてもらうと、まだ自分の体を大切にしていいんだって思えるの。」
 その言葉に、私はうなぐくだけしかできませんでしたが、胸が熱くなったのを覚えています。

 ちょうどその頃、娘さんの誕生日が近づいていました。山田さんは「最後にどうしても、娘の誕生日を一緒にお祝いしたい」と強く願いました。鍼灸治療の目的は「その日までできる限り穏やかに過ごすこと」へと変わっていきました。

 誕生日当日。山田さんは多少の痛みがありながらも、短い時間だけ食事会をすることができました。ケーキをひとくち口にし、「…幸せ」と小さく呟いたその瞬間、家族の目から涙がこぼれました。

 数週間後、山田さんは静かに息を引き取りました。最後に娘さんは、わざわざ来院してくださり、「母は最後まで母でした。あの日のケーキの時間は、一生忘れません。鍼灸の先生がいてくれて本当にありがたかったです」と話してくれました。

 鍼灸は病気そのものを治すことはできません。しかし、「今、この瞬間をどう生きるか」に寄り添うことはできます。痛みを和らげ、眠れる夜をつくり、そして大切な人と過ごす時間を支えることができます。
 山田さんの物語は、鍼灸が緩和ケアの場で果たせる役割の大きさを改めて教えてくれました。

ある進行がんの患者さんの物語

 平石さん(仮名)は70代の男性で、長年町工場を切り盛りしてきました。
 言葉は少なく、背中で語るような人でしたが、その働く姿勢が家族を支えてきました。
病いが進行すると、夜になると背中の痛みに耐えられず、眠れない日々が続きました。
 「夜が長い。どうしても余計なことばかり考えてしまう。家族に迷惑をかけてばかりだ」
 そうつぶやく平石さんの顔には、自責と孤独がにじんでいました。
ご家族の勧めで鍼灸を受けるようになったのは、そのような時期でした。初めは「鍼なんかで効くのか」と半信半疑でしたが、施術を受けたその夜、久しぶりに深い眠りを得られました。

 翌朝「おはよう」と妻に声をかけた自分に気づき、平石さんは少し驚いたように笑いました。「…こんなふうに自然に声を出せたのは、いつ以来だろう」と振り返ったそうです。

 鍼灸に通ううちに、痛みが軽くなるだけでなく、心の中に少しずつ変化が芽生えました。
「夜中に目が覚めても、『また眠れる』と思えるようになった。前は不安で仕方がなかったのに…」そう話す平石さんの姿に、娘さんは目を潤ませ、「お父さんがそう思えるなら、私たちも安心です」と微笑みました。

 やがて平石さんは、家族と食卓を囲むときに冗談を口にするようになりました。孫が膝に乗ってきたとき、「重いぞ」と言いながらも顔をほころばせる姿は、かつての平石さんそのものだったようです。
 「体は思うようにならないけど、まだ家族と笑い合える。これが一番ありがたい」

 平石さんはそう語り、自分の時間を受け入れる心の余裕を取り戻していきました。

 

 眠れるようになること、痛みが和らぐこと、そして心に余裕が生まれること。
 その変化が、患者さんの表情を変え、ご家族との関わりを深めていくのだと感じました。

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