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Study

鍼灸と逆子

妊婦さんの不安要素である「逆子」

妊婦検診で「逆子」と言われると、不安を感じる妊婦さんも多いかと思います。妊娠中期まで30~50%くらいの妊婦さんが逆子で、妊娠37週時点では逆子になっている割合はおよそ3~6%といわれていますが、それでも不安になりますよね。

逆子と鍼灸

逆子に対する帝王切開

逆子に対する帝王切開はポピュラーな手術ですが、一定の割合で合併症(出血・輸血・腸管損傷・腸閉塞・術後感染・肺塞栓症など)や美容上の問題(母体の腹部に“瘢痕”と呼ばれる手術の痕が残る)も生じてしまいます。また、次回妊娠の際にも帝王切開分娩が必要となると気が重くなりますよね。

ここでは医学的なことは他の先生方にお任せして、私は鍼灸師の観点から解説していきます。内容は①逆子に対する鍼灸の研究、②当院で行っている鍼灸治療の実際、③鍼灸がなぜ効くのかを解説します。

・監修いただいた先生のご紹介

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。埼玉医科大学東洋医学科、同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。地域医療における鍼灸師の資質向上のための情報発信やクリニックにおける鍼灸師の新たな雇用創出などにも力を注ぐ。

松浦知史

逆子に対する鍼灸治療のエビデンス

  • 骨盤位と診断された584例中525例が矯正(矯正率89.9%)されたとして、鍼灸治療は有効な治用法であると報告されている(林田和郎, 全日本鍼灸学会雑誌38(4). 1988)

  • 初診時妊娠週数については、妊娠34週未満の治療開始週数では、77.3%の高い矯正率が報告され(向井ら, 日本産婦人科学会神奈川地方部会会誌30(1). 1993)、妊娠32週以降では40%以下となると報告されている(佐々木奈央, 筑波技術大学度修士学位論文. 2012)

  • 初産婦の妊娠32週以前の矯正率74.0%と33週の矯正率51.7%では有意差がみられ、妊娠33週以降の矯正率は減少する傾向がみられた(辻内敬子, 現代鍼灸学9(1). 2009)

  • 分娩歴による矯正率の違いについては妊娠33週時に比較し、初産婦は51.7%で経産婦は84.0%と有意な差がみられた(辻内敬子, 現代鍼灸学9(1). 2009)

骨盤位に対する鍼灸治療の効果の検討

2012年4月~2013年3月に4施設で実施された82例の症例集積を分析した研究です(辻内ら, 全日本鍼灸学会誌67(1). 2017)。この研究では、これまでに矯正率に影響を与える要因(分娩歴や骨盤位診断妊娠週数、初診時妊娠週数)などが明らかとなったため、骨盤位と診断されてから鍼灸治療開始までの期間の長さが矯正率に影響を与えるのかを分娩歴別に分類し、矯正群と非矯正群の2群で比較検討を行いました。結果は、初産婦の矯正率は22.3±22.0日、非矯正群は33.3±21.4日で有意な差がみられ(p=0.02)、経産婦の矯正群は20.4±17.1日、非矯正群は41.3±17.3日で有意な差が認められました(p=0.04)。つまり、初産婦および経産婦ともに、骨盤位と診断されてから鍼灸治療開始までの期間が長くならない時期に開始することが、矯正率を高めることがわかりました

骨盤位に対する鍼灸治療の効果の検討

当院における鍼灸治療の実際

当院で行っている鍼灸治療をご紹介する前に、逆子に対する鍼灸治療でよくある質問や疑問についてお答えします。

Q.妊婦さんに対する鍼灸って安全なの?

A.一定水準に達した鍼灸師であれば安全に鍼灸治療を実施することができます。報告されている逆子に対する鍼灸治療の有害事象では14文献中、4例に吐き気と灸による水疱や色素沈着が報告されました。なお、鍼灸によって重篤な有害事象は起きませんでした。

 

Q.妊娠中にツボを刺激してしまいました。あるサイトでは「〇〇のツボは妊娠中には押してはいけない」と記述がされていて不安です。

A.鍼灸の作用機序を考えて、ツボを押すことによって重篤な問題が生じてしまうことは考えにくいです(特に皮膚上の刺激であれば)。我々鍼灸師は、安全刺入深度(鍼をどのくらい刺していいのか)や禁忌のツボ(使ってはいけないツボ)なども把握した上で施術を行っています。心配であれば担当鍼灸師に確認すると良いでしょう。興味深い研究があり、当時の中国の政策で鍼灸の国情を反映しているため違和感を覚えますが、1980年に陳吉生が中医雑誌に報告した『対妊婦禁針合谷・三陰交的深討』では、妊娠中の100例に対して不定愁訴の治療を、他の300例に対しては中絶目的で鍼を行いました。結果的には流産は1例も認められなかったと報告されました。古来から妊娠中の禁鍼・禁灸穴といわれる「三陰交」や「合谷」に中絶目的で刺鍼しましたが、流産は全く起きませんでした。もちろんさらなる研究の必要性はあるものの、古来からある説だけを鵜呑みにするのはよくありません

Q.妊婦検診で逆子を指摘されたけど、いつから鍼灸始めればいいの?

A.34週以降では矯正率も低下する傾向にあるため、妊娠週数が早ければ早いほど矯正率は高まります。

Q.どのくらいの頻度で鍼灸治療を受ければいいの?

ここでは経済的な理由を抜きにして解説します。鍼灸治療を行う上で28~31週、32週以降と区分されている論文が多いため、32週がボーダーラインになるかと思います。目安としては31週未満では1~2回/週、32週以降では2~3回/週が治療頻度として適切かと思います。当院ではこの頻度での治療に加えて、ご自宅でせんねん灸の施灸あるいは、直接お灸を据えていただくために指導を行っております。

鍼灸治療について

当院における逆子の患者さんに対する鍼灸治療についてご紹介します。

当院では①共通治療②個別治療③特異的な治療を行っています。個別治療とは原因が同定できた場合に、その人の病状や病態にあわせてツボを選んで治療することを言います。特異的な治療とは、その症状や疾患に有効性の高いツボを選ぶことを言います。

指導鍼灸師

それでは次に当院における逆子に対する治療の概要について見てましょう。

テキスト

第1選択 共通治療+個別治療

第2選択 至陰・三陰交への施灸

第3選択 八脈交会穴

指導鍼灸師

第1選択の共通治療では以下から選んでいきますが、すべてのツボを選ぶわけではありません。ツボとツボとの関係性や相性、効果を高め合うような配穴にし、患者さんに合わせて選んでいきます。

逆子に対する鍼灸治療の共通治療穴

​共通治療穴

指導鍼灸師

個別治療では東洋医学の理論から導き出されます。逆子の患者さんで多くみられるのは①気血両虚、②気滞、③痰湿などです。患者さんの状態を見極め、以下のツボを追加していきます。

テキスト

気血両虚…関元、太谿への棒灸

気滞…内関への刺鍼、気海への棒灸

痰湿…陰陵泉への刺鍼、中脘への棒灸

日本鍼灸の特徴のひとつとして「〇〇病のときには●●穴」が効くといった治療法がありますが、逆子に対しては至陰や三陰交というツボが用いられるので、特異的な治療がこれにあたります。

指導鍼灸師

​そして逆子の治療にはもうひとつ特異的な治療が存在します。それは列缺-照海の組み合わせによる八脈交会穴です。八脈交会穴は「ある特定の疾患や症状に対して爆発的な効力を発揮する組み合わせ」であるため、逆子の患者さんにはよい適応です。

逆子に対する鍼灸のメカニズム

なぜ鍼灸治療が逆子に効果的なのか気になりますよね。実際に施術中から「なんか赤ちゃんが動いているような感じがする」とか「こんなに活発に動いているのは初めてかもしれません」などの声をよく聞かれるし、超音波によって観察すると、施術直後から胎動が激しくなり胎位がその場で正常になる例も観察されるため、逆子に対する鍼灸治療には臨床的な手ごたえを感じています。

それではなぜ逆子に対して鍼灸治療が有効なのか、メカニズムの観点から紐解いていきましょう。

メカニズム

至陰でのお灸により骨盤位が矯正された群(矯正群)とそうではなかった群(非矯正群)とにはどんな要因があるのかを検討した研究です(高橋ら, 東京女子医大誌38(4). 1995)。この研究では、子宮動脈の血管抵抗指数(RI値)を比較検討したところ、矯正群のRI値が低下していることが分かりました。つまり、至陰へのお灸によって血流状態が改善していることが分かりました。

この血流状態の改善や体性-内臓反射(脊髄性あるいは、上脊髄性の自律神経反射)によって子宮筋の緊張が緩和され、その結果、胎動の増加や適度な子宮収縮が促され、胎児が返りやすくなると推測されています

少しずつメカニズムも解明されているところはあるものの、まだ十分なものとは言えないのが現状です。一方で、東洋医学的にはどのようなメカニズムで逆子が改善するのか考察していきます。

逆子と鍼灸

なぜ逆子には至陰なのか?

ここからは東洋医学的な考察となるためマニアックな領域となります。至陰の特性や、至陰が所属する経絡である膀胱経、さらにはその表裏関係にある腎経との支配領域を理解しなければなりません。

 

至陰の特性

至陰は膀胱経の井穴です。井穴とは、経気が出るところで、流水の水源や泉水の湧き出る穴に例えられます。足太陽膀胱経の陽気が終わり、ここから足少陰腎経の陰気が起ころうとする湧泉に移行するところです。一般的に経絡の移行部の諸穴は臨床的価値の高い経穴であるため、この至陰に関しても臨床的価値が高く、古来より逆子の治療で用いられていました。

 

​​至陰の考察

  • 至陰が所属する膀胱経は直接に子宮をまとわないが、間接的に督脈を介して影響を及ぼす

東洋医学では子宮のことを“胞中”と呼びますが、この胞中から任脈や督脈、衝脈は発生しているので、子宮とこれらの経絡は深い関係があると言えます。しかし、至陰が所属する膀胱経は直接に関係しませんが、膀胱経と督脈は交会(こうえ)と言って、たびたび経絡同士が交わるポイント(長強、命門、身柱、百会など)があります。つまり、膀胱経は間接的に生殖器系に関わりを持っていることになります。このような経絡の走行から、至陰穴を刺激することで間接的に子宮の機能を調節していることが考えられます。

  • 腎経の会陰部での走行

膀胱経は至陰で終わりますが、経絡の流れはさらに至陰より足底部の湧泉に達して、腎経が始まります。さらに然谷、三陰交を経て督脈の長強に交会します。この長強に達してから、さらに前方の会陰を経て子宮を経過した後、前方恥骨結合の上際の体表に出て横骨より任脈に並行し、大赫、気穴などを経て肓兪に達します。ここから腎に絡い、さらに再び下方に走って関元、中極を経て膀胱に絡います。つまり、腎経は会陰部に達した後、皮膚表面の経穴として現れるまでに子宮を絡っている督脈や任脈の経穴とたびたび交会しながら走行していることになります。その後、腎経は正中線上の任脈の外側に沿いながら上行します。一般に経絡の運用にはその末端ほど経絡循環作用が促進されるため、治療範囲を広げ、効果が強くなることを期待して至陰が選ばれたのだと推測できます。

このような至陰の特性や経絡の走行が子宮を刺激して、胎児の位置を正常位にするものだと考えられます。

逆子 東洋医学的考察

八脈交会穴「列缺-照海」

列缺は肺経に所属する経穴ですが、八脈交会穴のひとつであり、任脈の脈気と通じています。任脈は胞中から起こり「陰脈の海」としての機能を持ち、胎児をも司る重要な経絡です。至陰での特性でも述べましたが、胞中から任脈や督脈、衝脈は発生しているので、子宮と任脈には深い関係があると言えます。奇経療法の列缺(任脈)⇔照海(腎経)の八脈交会穴は臨床的価値の高い治療法と考えられます。

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