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Study

鍼灸と逆子

🤰 妊婦さんの不安要素である「逆子」

 妊婦健診で「赤ちゃんが逆子ですね」と言われると、びっくりして不安になる方も多いと思います。


 実は、妊娠中期(妊娠20〜28週頃)までは30〜50%ほどの赤ちゃんが逆子の状態にあり、これはとてもよくあることなんです。

 そして、妊娠37週を迎えるころには、約3〜6%の赤ちゃんが逆子のままといわれています。
 大多数の赤ちゃんは自然に回転して頭を下にしてくれるとはいえ、「このままだったらどうしよう」と心配になるお気持ち、よくわかります。

逆子について
逆子と鍼灸

逆子=帝王切開?手術への不安も…

 赤ちゃんが逆子のまま出産時期を迎えると、帝王切開になる可能性が高くなります。
 もちろん、赤ちゃんとお母さんの安全を第一に考えた処置ではありますが、

  • 出血や感染、腸閉塞などの手術に伴う合併症

  • お腹に手術の跡が残るといった美容的な心配

  • 次の妊娠でもまた帝王切開になるかも?という不安

…など、気になることもたくさんあると思います。

鍼灸師としてお手伝いできること

 ここからは、医学的な診断や治療のことは産婦人科の先生にお任せして、私たち鍼灸師の立場からできることをご紹介します。

このページでは、以下の3つについてお話ししていきます:

① 逆子に対する鍼灸の研究

→ お灸が逆子に効果あり?という研究をご紹介します。

② 当院で行っている逆子に対する鍼灸治療の実際

→ どんなツボにお灸をするの?どんな流れ?という疑問にお答えします。

③ 鍼灸がなぜ効くのか?

→ お灸で赤ちゃんが動く理由を、ご説明します。

・監修いただいた先生のご紹介

PROFILE

監修

鍼灸師 松浦知史

東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。埼玉医科大学東洋医学科、同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。地域医療における鍼灸師の資質向上のための情報発信やクリニックにおける鍼灸師の新たな雇用創出などにも力を注ぐ。

松浦知史

逆子に対する鍼灸治療のエビデンス

エビデンス

❓Q. 骨盤位(逆子)に鍼灸って本当に効くの?

A. 妊娠の時期によっては『効果あり』といえるケースが多いです。

 昔から注目されていた!鍼灸による逆子治療のはじまり

 1988年に産婦人科の先生が発表した論文(林田和郎先生・全日本鍼灸学会雑誌)では、妊娠28週〜37週の間に逆子と診断された584人のうち、なんと525人(約89.9%)の赤ちゃんが頭位に回転したと報告されました。

 この報告がきっかけとなって、「逆子に鍼灸」が治療の選択肢の一つとして注目されるようになりました。

 

ただし、この論文には注意点もあります

  • 比較対象(対照群)がないため、自然に回ったのか鍼灸の効果なのか判断が難しい

  • 妊婦さんがいつ鍼灸を受けたか(妊娠週数)が記載されていない

  • 骨盤位と診断されてからの経過時間が不明

  • 妊娠37週での矯正成功は1例のみとされている

…など、少し不明確な部分もあったのです。

でも、興味深い事実も

この論文では、

  • 10%以上の赤ちゃんが鍼灸後30分以内に回転

  • 約半数が24時間以内に回転

と報告されており、短時間で赤ちゃんが自然に動くケースが少なくないのはとても希望が持てますよね。

 つまり、比較的安全で、自然な自己回転を促す手段として、鍼灸は有効な可能性が高いと言えます。

 

Q. 妊娠週数によって効果は変わるの?

A. はい、妊娠週数が早いほど矯正率は高くなるという研究結果があります。

いつ始めるかで効果が変わる

  • 妊娠 34週未満で鍼灸を始めた場合の矯正率は 約77.3%
    (向井ら, 日本産婦人科学会神奈川地方部会会誌 1993)

  • 妊娠 32週以降では矯正率が 40%以下に減少
    (佐々木奈央, 筑波技術大学修士論文 2012)

  • 初産婦で 妊娠32週以前:矯正率74.0%、
     33週:矯正率51.7%(有意差あり)
    (辻内敬子. 現代鍼灸学 2009)

 

初産婦さんと経産婦さんでは違いがある?

  • 妊娠33週時点での矯正率:
    初産婦は51.7%、経産婦は84.0%と、明らかに差があります。
    (同上)

 

📌 まとめ

  • 鍼灸による逆子の矯正は、妊娠週数が早いほど効果が出やすい!

  • 特に32週までのスタートが理想的です。

  • また、経産婦さんのほうが回りやすい傾向にあります。

Q. 鍼灸って、いつ始めれば逆子に効果的なの?

A. なるべく早めのスタートがカギです。

 

鍼灸の「タイミング」と矯正率の関係を調べた研究

 2012年4月〜2013年3月にかけて、全国4つの施設で82名の妊婦さんの鍼灸治療データを集めた研究があります(辻内ら, 全日本鍼灸学会誌 67(1), 2017)。

 

 この研究の目的は、「逆子と診断されてから鍼灸を始めるまでの時間が、矯正の成功に影響するのか?」という点を、初産婦さんと経産婦さんに分けて詳しく調べたものでした。

 

その結果は?

  • 初産婦さん
     矯正できたグループ:鍼灸までの平均日数は 約22日
     矯正できなかったグループ:約33日
     → 有意差あり(p=0.02)

  • 経産婦さん
     矯正できたグループ:約20日
     矯正できなかったグループ:約41日
     → こちらも有意差あり(p=0.04)

 

つまり、どういうこと?

 簡単に言うと…「逆子」と言われたら、なるべく早めに鍼灸を始めたほうが良い結果につながりやすい…ということが、この研究から分かっています。

 

 「そのうち治るかも」と様子を見るのも一つの方法ですが、時間が経つほど赤ちゃんが回転しづらくなる可能性が高まるようです。

 

💡 まとめ

  • 鍼灸治療は、早く始めるほど逆子の矯正率が上がる

  • 初産婦さん・経産婦さんともに同じ傾向

  • 逆子と診断されたら、できるだけ早い時期に相談を!

骨盤位に対する鍼灸治療の効果の検討

Q. 海外の研究ではどんな結果が出ているの?

A. 妊娠後期から始めた場合、明らかな効果は見られなかったようです。

ランダム化比較試験での結果(フランス)

 2014年にフランスで行われた研究(Capucine Coulon ら, Obstetrics & Gynecology)では、妊娠33週4日以降に骨盤位(逆子)と診断された328人の妊婦さんを対象に、以下のような比較が行われました。

  • 治療群(n=164):鍼+お灸の治療を実施

  • 対照群(n=164):偽治療(プラセボ)を実施

 

そして、妊娠37週2日までに逆子が治ったかどうかを調べたところ…

結果は?

  • 治療群の矯正率:63.4%

  • 対照群の矯正率:72.0%

→ 統計的に有意な差はなし(つまり、効果に差があったとは言えない)

じゃあ意味ないの?

 いえ、これはあくまで「妊娠後期(33週以降)」に治療を始めた場合の結果です。

 一方で、日本の複数の研究では「妊娠32週以前」から鍼灸を始めた方が矯正率が高いことが示されています(詳しくは前述のQ&Aを参照ください👆)。

💡 まとめ

  • 妊娠後期(33週以降)から始めても、効果が明確には出ない可能性がある

  • 逆子治療として鍼灸を検討するなら、早めのスタートが大事!

  • 海外と日本では医療体制の違いもあるため、研究結果をどう解釈するかは慎重に

当院における鍼灸治療の実際

鍼灸治療の流れ

当院の鍼灸治療のご紹介の前に…

 「逆子に鍼灸って本当に大丈夫?」「いつ始めたらいいの?」
 そんな妊婦さんのよくあるご不安や疑問に、まずはお答えしていきます。

Q. 妊婦さんに対する鍼灸って、安全なの?

A. 経験と知識のある鍼灸師であれば、基本的に安全です。

 これまで報告されている逆子の鍼灸治療では、14の研究中で軽微な副反応(吐き気・お灸による水ぶくれや色素沈着など)が4件ありましたが、
重篤な有害事象(深刻な事故など)は報告されていません。

 私たち鍼灸師は、妊婦さんの体に配慮した「刺す深さ」や「使用を避けるツボ」を熟知していますので、安心してお任せくださいね。

 

Q. 妊娠中にツボを押してしまいました。ネットで「〇〇のツボはダメ」と書かれていて不安です…

A. 軽く押すくらいであれば、過度に心配する必要はありません。

 ツボ押しによって重い症状が出るというのは、科学的にはほとんど考えにくいとされています(特に皮膚表面を軽く刺激する程度であれば問題なし)。

 

Q. 逆子って言われたけど、鍼灸はいつから始めるのがいいの?

A. なるべく早め(34週以前)が理想です。

 研究によると、妊娠34週以降になると矯正率は下がってしまう傾向があります。
 なので、「逆子かな?」と思った時点で、一度ご相談いただくことをおすすめします。

 

Q. 鍼灸って、どのくらいの頻度で通えばいいの?

A. 妊娠週数によって、目安の頻度が変わります。

以下は研究を元にした一例です:

妊娠週数治療頻度の目安

  • ~31週週1〜2回

  • 32週以降週2〜3回

 当院ではこれに加え、ご自宅でできる「せんねん灸」のやり方や、お灸のセルフケア指導も行っています。お家でも安心して取り組めるよう、わかりやすく丁寧にサポートいたします。

鍼灸治療について

当院における逆子の患者さんに対する鍼灸治療についてご紹介します。

当院では①共通治療②個別治療③特異的な治療を行っています。個別治療とは原因が同定できた場合に、その人の病状や病態にあわせてツボを選んで治療することを言います。特異的な治療とは、その症状や疾患に有効性の高いツボを選ぶことを言います。

指導鍼灸師

それでは次に当院における逆子に対する治療の概要について見てましょう。

テキスト

第1選択 共通治療+個別治療

第2選択 至陰・三陰交への施灸

第3選択 八脈交会穴

指導鍼灸師

第1選択の共通治療では以下から選んでいきますが、すべてのツボを選ぶわけではありません。ツボとツボとの関係性や相性、効果を高め合うような配穴にし、患者さんに合わせて選んでいきます。

逆子に対する鍼灸治療の共通治療穴

​共通治療穴

指導鍼灸師

個別治療では東洋医学の理論から導き出されます。逆子の患者さんで多くみられるのは①気血両虚、②気滞、③痰湿などです。患者さんの状態を見極め、以下のツボを追加していきます。

テキスト

気血両虚…関元、太谿への刺激

気滞…内関への刺鍼、気海への刺激

痰湿…陰陵泉への刺鍼、中脘への刺激

日本鍼灸の特徴のひとつとして「〇〇病のときには●●穴」が効くといった治療法がありますが、逆子に対しては至陰や三陰交というツボが用いられるので、特異的な治療がこれにあたります。

指導鍼灸師

​そして逆子の治療にはもうひとつ特異的な治療が存在します。それは列缺-照海の組み合わせによる八脈交会穴です。八脈交会穴は「ある特定の疾患や症状に対して爆発的な効力を発揮する組み合わせ」であるため、逆子の患者さんにはよい適応です。

逆子に対する鍼灸のメカニズム

鍼灸のメカニズム

なぜ鍼灸治療が逆子に効果的なのか気になりますよね。

 

実際に施術中から

「赤ちゃんがすごく動いてる感じがします!」
「こんなに元気に動いたのは初めて!」

などの声をよく聞きます。

 

 また、超音波によって観察すると、施術直後から胎動が激しくなり胎位がその場で正常になる例も観察されるため、逆子に対する鍼灸治療には臨床的な手ごたえを感じています。

鍼灸がなぜ効くの?医学的な視点から

ひとつの研究をご紹介します。

💡 至陰(しいん)というツボにお灸をした後、骨盤位が矯正されたグループと、そうでなかったグループを比較した研究があります(高橋ら, 東京女子医大誌38(4), 1995)。

 

この研究では、
 矯正されたグループは、子宮動脈の「血管抵抗指数(RI値)」が低下していたことがわかりました。

 

つまり、お灸によって子宮周辺の血流が良くなっていたということです。

さらに、
鍼灸によって自律神経のバランスが整えられることで、
子宮の緊張がやわらぎ
胎動が増えて、赤ちゃんが回転しやすくなる
というメカニズムが考えられています。

 これは「体性-内臓反射」という仕組みで、身体の表面を刺激することで、内臓(この場合は子宮)にも良い影響が出る…という、鍼灸ならではの効果なんです。

🌱 まだまだ研究途中

 こうしたメカニズムの解明は少しずつ進んでいますが、まだすべてが明らかになっているわけではありません。ですが、実際の現場では「胎動が増える」「矯正される」といった変化が確かに見られるため、多くの鍼灸師や医療関係者が注目している分野でもあります。

逆子と鍼灸

なぜ逆子には至陰なのか?

 ここからは東洋医学的な考察となるためマニアックな領域となります。至陰の特性や、至陰が所属する経絡である膀胱経、さらにはその表裏関係にある腎経との支配領域を理解しなければなりません。

 

至陰の特性

 至陰は膀胱経の井穴です。井穴とは、経気が出るところで、流水の水源や泉水の湧き出る穴に例えられます。足太陽膀胱経の陽気が終わり、ここから足少陰腎経の陰気が起ころうとする湧泉に移行するところです。一般的に経絡の移行部の諸穴は臨床的価値の高い経穴であるため、この至陰に関しても臨床的価値が高く、古来より逆子の治療で用いられていました。

 

​​至陰の考察

  • 至陰が所属する膀胱経は直接に子宮をまとわないが、間接的に督脈を介して影響を及ぼす

 東洋医学では子宮のことを“胞中”と呼びますが、この胞中から任脈や督脈、衝脈は発生しているので、子宮とこれらの経絡は深い関係があると言えます。しかし、至陰が所属する膀胱経は直接に関係しませんが、膀胱経と督脈は交会(こうえ)と言って、たびたび経絡同士が交わるポイント(長強、命門、身柱、百会など)があります。つまり、膀胱経は間接的に生殖器系に関わりを持っていることになります。このような経絡の走行から、至陰穴を刺激することで間接的に子宮の機能を調節していることが考えられます。

  • 腎経の会陰部での走行

 膀胱経は至陰で終わりますが、経絡の流れはさらに至陰より足底部の湧泉に達して、腎経が始まります。さらに然谷、三陰交を経て督脈の長強に交会します。この長強に達してから、さらに前方の会陰を経て子宮を経過した後、前方恥骨結合の上際の体表に出て横骨より任脈に並行し、大赫、気穴などを経て肓兪に達します。ここから腎に絡い、さらに再び下方に走って関元、中極を経て膀胱に絡います。つまり、腎経は会陰部に達した後、皮膚表面の経穴として現れるまでに子宮を絡っている督脈や任脈の経穴とたびたび交会しながら走行していることになります。その後、腎経は正中線上の任脈の外側に沿いながら上行します。一般に経絡の運用にはその末端ほど経絡循環作用が促進されるため、治療範囲を広げ、効果が強くなることを期待して至陰が選ばれたのだと推測できます。

このような至陰の特性や経絡の走行が子宮を刺激して、胎児の位置を正常位にするものだと考えられます。

逆子 東洋医学的考察

八脈交会穴「列缺-照海」

 列缺は肺経に所属する経穴ですが、八脈交会穴のひとつであり、任脈の脈気と通じています。任脈は胞中から起こり「陰脈の海」としての機能を持ち、胎児をも司る重要な経絡です。至陰での特性でも述べましたが、胞中から任脈や督脈、衝脈は発生しているので、子宮と任脈には深い関係があると言えます。奇経療法の列缺(任脈)⇔照海(腎経)の八脈交会穴は臨床的価値の高い治療法と考えられます。

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