鍼灸研究のトレンドの変化
― 2010年代の鍼灸研究の主流
鍼灸研究のトレンドはどのように変化してきたのでしょうか。
まずは結論
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経絡理論に基づく鍼治療の作用機序を現代医学の観点から理解しようとする研究が2000年代後半から2010年代は進められていました。
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鍼治療は、神経を通じて脊髄や脳、自律神経の働きを調整することで体の機能に影響を与える可能性があると考えられています。
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経穴には神経が多く分布する部位と重なることが多いことが示されています。
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一方で、東洋医学で説明される「経絡」そのものの実態が科学的に証明されたわけではなく、あくまで現在の研究から考えられる説明の一つとして提示されています。
今回紹介する論文
1. 経絡理論の位置づけ
論文の冒頭では、経絡理論の成立背景が整理されています。
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経絡とは『黄帝内経』に記載された概念である
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臨床経験の中で有効とされた治療点を結び、14経絡の体系が形成された
また、著者は次のように整理しています。
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経絡は経験医学的に構築された
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現在でも東洋医学の診断・治療体系の基本概念として広く用いられている
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解剖学的な構造として経絡が存在するかどうかは明確に証明されていない
この論文の特徴は、経絡そのものを否定するのではなく、現代医学の観点から再解釈を試みている点です。
2. 経穴の解剖学的特徴
経穴に固有の解剖学構造は存在しないと述べています。
1970年代以降の研究では、次の結果が示されています。
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経穴の直下に特異的な組織構造は確認されない
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しかし神経束や神経終末が密集する部位と一致することが多い
具体的には次のような特徴が指摘されています。
神経との関連
経穴は以下の部位に一致することが多いとされています。
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主要な末梢神経の走行部
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神経の分岐部
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神経が深部から表層へ出る場所
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筋肉の運動点
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神経終末が豊富な靭帯付着部
例えば、内関(PC6)は正中神経の近くに位置し、足三里(ST36)は深腓骨神経の走行部と関連しています。このような神経分布との一致は、鍼刺激が神経系を介して作用する可能性を示しています。

3. 鍼刺激による神経線維の活性化
鍼刺激の効果に関連する重要な感覚として「得気(Deqi)」があります。
これは、鍼を刺したときに感じる重だるさや鈍い痛みなどの感覚を指します。
研究では、この感覚が生じるときに鎮痛効果が強くなる傾向があるとされています。
研究では、以下の神経線維が関与するとされています。
動物実験では、経穴周囲に局所麻酔を注入すると鍼の鎮痛効果が消えることが確認されています。このことから、鍼の作用は神経を通じて伝わる刺激によって起こる可能性が高いと考えられています。
4. 中枢神経系への影響
鍼刺激は単なる局所刺激ではなく、中枢神経系を介して全身に広がると考えられています。 その仕組みとして、Convergent input(収束入力)という概念が紹介されています。
これは、体表からの神経入力と内臓からの神経入力が同じ神経細胞に集まる現象を指します。
つまり、皮膚・筋肉の刺激 → 脊髄 → 脳幹・視床 → 内臓機能調節という経路です。
このメカニズムは体性-内臓反射として理解されています。
5. 心血管系への作用機序
論文では、特に循環器系への鍼刺激作用が詳しく紹介されています。
例として、内関(PC6)に鍼通電刺激を行うと次のような反応が起こります。
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正中神経刺激
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脳幹の心血管調節核に入力
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交感神経活動抑制
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血圧や心拍数が低下
このような神経反射を通じて、高血圧・狭心症・不整脈への効果が説明されています。
また興味深い点として経穴特異性(すべての体表刺激が同じ反応を引き起こすわけではない)が示されています。特定の経穴を刺激した場合にのみ特定の反応が起こることから、経穴には一定の機能的特異性が存在する可能性が示唆されています。
6. 経穴とトリガーポイント
論文では、古典的な経穴の約70%がトリガーポイントと重なるとされています。
ただし両者は同じ概念ではありません。トリガーポイントは筋肉内の圧痛点として定義されるのに対し、経穴は神経学的な機能関係を含むより広い概念とされています。
著者は、トリガーポイントは症候性経穴の一部と解釈しています。
7. 経穴の病態生理
経穴は病的状態になると敏感になり、圧痛や痛みを示すことがあります。
そしてその理由として、
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神経受容器の感受性の変化
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身体の恒常性(homeostasis)の低下
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病態による感覚の変化
が挙げられています。
論文中では次のような趣旨の記述があります。
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健康な状態では多くの経穴は特に感受性を示さない
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病態になると圧痛や過敏性が現れる
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これは神経受容器の感作に関連する可能性がある
さらに著者は、身体に存在する圧痛経穴の数が増えるほど、身体の恒常性が崩れている可能性があると述べています。したがって、圧痛点の数や感受性は身体状態を評価する指標になり得ると考えられています。
まとめと感想
現代医学の視点から「経絡」について整理されたレビューを紹介させていただきました。
鍼灸を現代医学の枠組みの中で説明しようとする研究潮流の中に位置づけられるものとしてこの論文を読みました。2000年代以降、とくに海外で鍼灸研究が広がる中で、研究者たちは「経絡」や「気」といった伝統医学の概念をそのまま説明するのではなく、現代医学の言葉で再解釈する方向へと進んできました。その背景には、医学研究として受け入れられるためには、既存の生理学や神経科学の枠組みの中で説明する必要があるという事情があります。
この論文でもその姿勢は比較的はっきり表れており、経絡そのものを解剖学的構造として証明しようとするのではなく、経穴の位置が神経分布とどのように関係しているか、そして刺激がどのように中枢神経系に伝わるかという点に議論が集中していました。鍼灸研究が「古典理論の検証」から「現代医学との接続」へと重心を移してきた過程を感じ取ることができました。
今回紹介した論文
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このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

