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鍼灸は「未病」に強い、とよく言われますが、その「未病」とは本当に臨床の全体像を捉えているのでしょうか?

鍼灸院と医療機関における「診療体系の違い」

鍼灸院の診療体系は、多くの場合、

  • 症状を起点としながらも

  • 診断名や治療アルゴリズムに依存せず

  • 外来中心で、比較的長期的・継続的な関わりを前提とする

という特徴を持っています。


その対象は、

  • 疾病前状態(いわゆる未病)

  • 慢性疾患の管理期

  • 症状はあるが医療的介入の優先度が低い状態

など、「管理中心」「生活と密接に関わるフェーズ」に位置づけられることが多いと言えます。


一方、医療機関、とりわけホスピタリスト的視点(急性期から回復期までを一貫して担い、診断と治療判断を重視する視点)では、

  • 確定診断

  • 急性期への対応

  • 治療の適応・非適応の判断

などが強く求められます。

このため、鍼灸院と医療機関では、患者を見ている時間軸と目的が必ずしも一致しないという構造的なズレが生じやすくなります。


鍼灸の役割は「一つ」ではない

このズレを前提に整理すると、鍼灸の役割は大きく二つに分けて捉えることができます。

鍼灸院における鍼灸の役割

鍼灸院で担われる役割は、主に次の2点に集約されます。

  1. 疾病前状態の健常人を、いかに病にさせないか

  2. 既に疾病を有する患者の QOL を、いかに維持・向上させるか


ここでは、症状の軽減そのものだけでなく、

  • 生活の質

  • 不安やストレスの緩和

  • 自己調整力の回復

といった、医療モデルでは捉えきれない側面が重要な評価軸になります。


医療機関における鍼灸の役割

一方、医療機関における鍼灸の役割は、より明確です。

  • 鍼灸治療の適応・不適応を明確にすること

  • 医学的評価の枠組みの中で、鍼灸がどこに位置づくのかを示すこと

すなわち、「どの病態・どのフェーズで、何を目的に用いるのか」を明確にする役割が求められます。


自覚症状 × 時間で捉える、連続体としての健康と疾病

私が整理した図では、自覚症状の強さ × 時間という2軸の上で、

  • 健康

  • 未病(Pre-symptomatic / Subclinical state)

  • 疾病(disease)

  • 疾病後のサブクリニカル状態(Post-disease subclinical state)

が、断絶ではなく連続したプロセスとして示しています。


鍼灸は本来、

Pre-symptomatic state → Subclinical state → disease → Post-disease subclinical state

すべてに対応しうるポテンシャルを有している、と私は考えています。


なぜ私は「未病」という言葉に違和感を覚えていたのか

ここで、個人的な違和感について触れたいと思います。

一般に「未病」という言葉は、

  • 健康と疾病のあいだ

  • 病名はつかないが不調がある状態

  • これから病気になる可能性がある段階

という、時間軸の“前半部分”にほぼ限定して使われてきました。

つまり多くの場合、

健康 → 未病 → 疾病

というモデルで理解されています。

しかし臨床には、もう一つの重要な領域があります。

見落とされてきた「Post-disease subclinical state

実際の臨床では、

  • 疾病を経験した「」に

  • 明確な疾患活動性はない

  • しかし、症状や生活上の違和感が残る

Post-disease subclinical state(筆者考案) が確実に存在します。

筆者考案
筆者考案

筆者考案

ここは、

  • 「未病」とは呼ばれにくく

  • しかし「健康」とも言えない

  • 医療的には「治癒」と扱われやすい

非常に宙に浮いた領域です。


私が「未病」という言葉に違和感を感じていたのは、このPost-disease subclinical stateを十分に考慮していなかったからだと、今では感じています。


未病を「点」ではなく「構造」で捉える

未病を、

  • 健康と疾病のあいだの「点」として捉えると、臨床とズレが生じる

  • 疾病を挟んだ前後に存在するサブクリニカルな状態群として捉えると、臨床実感と一致する

このように考えると、整理が非常に明確になります。

フェーズ

状態

疾病前

Pre-symptomatic / Subclinical state

疾病後

Post-disease subclinical state

この両視点を含めて診ることができる点こそが、現代医療における鍼灸師の独自性であり、強みではないでしょうか。


各フェーズにおける鍼灸師の役割

自覚症状の強さと時間軸で捉えた連続体の中で、鍼灸師は各フェーズごとに異なる役割を担います。重要なのは、どのフェーズでも同じことをするのではなく、役割が変化するという点です。

① Pre-symptomatic state

このフェーズは、医療がほとんど介入しない領域です。

  • 検査値は正常

  • 診断名はつかない

  • しかし、本人は「何となくの違和感」「調子の悪さ」を感じている

ここはまさに、鍼灸が得意とする領域と言えます。


鍼灸師は、

  • 体調変動の早期察知

  • 生活・ストレス・睡眠といった要因への介入

  • 病に「させない」ための関与

を通して、予防医学・未病医学の担い手として機能します。

この段階では、病名ではなく「変化」を捉える視点こそが専門性となります。


② Subclinical state

The stage between health and disease が象徴するように、

  • 病理学的変化は進行している可能性がある

  • しかし医療的には「様子見」になりやすい

という、極めて不安定なフェーズです。


この領域では、

  • 症状の揺らぎ

  • 日内変動

  • ストレスとの相互作用

といった動的な変化を捉える視点が重要になります。


ここでの鍼灸師の役割は、

  • 鍼灸治療の適応・不適応を判断し、医療機関につなぐか否かを見極める橋渡し役

です。


③ disease

このフェーズは、医療が主役となる領域です。

重要なのは、ここで鍼灸が「排除される」のではなく、役割が変化するという点です。

鍼灸は、

  • 標準治療を補完する

  • 痛みや不定愁訴の緩和

  • QOL の改善

  • 薬物治療だけでは届きにくい側面への介入

を担います。

すなわち、適応を明確にしたうえでの協働が求められる段階です。


④ Post-disease subclinical state

このフェーズは、

  • 明確な疾患活動性はない

  • しかし症状や生活上の違和感が残存している

という状態です。


ここは、現代医療が苦手とする領域の一つでもあります。

  • 治ったはずなのに調子が戻らない

  • 「異常なし」と言われたが、つらい

  • 再発への不安や生活の質の低下


こうした状況に対し、鍼灸師は、再発予防、残存症状への対応、QOLの向上といった役割を担ってきました。「未病」を疾病前だけで捉える限り、鍼灸の本当の役割は見えてこないのかもしれません。鍼灸が「未病」に強いと言われてきた理由は、疾病の前後を含めた時間軸を診てきたからなのだと思います。

  • 執筆者の写真: 大慈松浦鍼灸院
    大慈松浦鍼灸院
  • 2025年12月17日
summary:「顔の見える関係」は、少なくとも3要素(顔が分かる/人となりが分かる/信頼して働ける)を含みます。それは、地域連携の構成要素の1つであり、連携を円滑にする機能を持ちます。促進要素は「話す機会」を継続的に構築することです。

顔の見える関係とは?

地域連携の文脈で頻用される「顔の見える関係」という言葉を耳にする機会が少なくありません。

顔の見える関係

しかし、

  • 「顔の見える関係」とは具体的に何を指すのか

  • それはなぜ連携を円滑にするのか

こうした問いに、学術的に整理された説明は、実はこれまでほとんどありませんでした。

今回ご紹介する論文「地域緩和ケアにおける『顔の見える関係』とは何か?」(Palliative Care Research 2012; 7(1): 323–333)は、この曖昧に使われてきた言葉を、初めて体系的に概念化した重要な研究です。


なぜ「顔の見える関係」が問題になったのか

この論文の出発点は、非常にシンプルです。

「重要だと言われ続けてきた『顔の見える関係』が、何を意味し、どのように地域連携に影響するのかは、これまでほとんど検討されていない」

この研究はどのように行われたのか

本研究は、量的研究+質的研究を組み合わせた探索的研究です。

① 質問紙調査(207名)

地域の医療・介護・福祉従事者を対象に、「地域連携が良好である状態」を構成する項目を評価。

その中に、

「地域でがん患者に関わっている人たちの顔の見える関係がある」という項目が含まれていました。

② インタビュー調査(5名)

実際に地域連携を経験してきた多職種に対し、

  • 「顔の見える関係とは何か」

  • 「それは連携にどう影響するか」

を半構造化面接で深く掘り下げています。


「顔の見える関係」は3つのレベルで成り立っている

この論文の最も重要な知見は、「顔の見える関係」は単一の状態ではないという点です。

① 顔が分かる関係

  • 名前と顔が一致する

  • 顔を思い浮かべることができる

これは連携の「入口」ではありますが、それだけでは不十分であると示されています。


② 顔の向こう側が見える関係

  • 考え方・価値観

  • 仕事のスタンス

  • 話しやすさ、頼みやすさ

  • 得意なこと・苦手なこと

つまり、「どう関わればよいかが分かる関係」です。


③ 信頼できる関係

  • 相手の対応が予測できる

  • 「この人なら返してくれる」という期待がある

  • 責任を前提に一緒に仕事ができる

ここまで到達して、初めて真の意味での多職種協働が成立します。


顔の見える関係がもたらす6つの効果

インタビュー調査から、以下の影響が整理されています。

  1. 連絡しやすくなる

  2. 誰に言えば解決するか、役割が分かる

  3. 相手に合わせて自分の対応を変えるようになる

  4. 仕事の効率が良くなる

  5. 親近感を覚える

  6. 責任を感じるようになる

特に注目すべきは、「顔が見えると、無責任な対応がしにくくなる」という点です。

これは関係性が、行動の質そのものを変えることを示しています。


「顔の見える関係」はどうすれば育つのか

ここで個人的に興味深いと感じた点は、本論文が「顔の見える関係」を精神論としてではなく、

・どのようにして形成されるのか(話す機会)

・その結果、何が起こるのか(連携の変化)

というプロセスに分解して示している点です。


すなわち、

話す機会がある(グループワーク、日常会話、患者を一緒に診る)

→ 性格や強み・弱み、考え方、理念が分かる

→ 連絡しやすくなる、役割が分かる、対応を調整できる、効率が上がる、親近感や責任が生まれる

→ 連携が円滑になる

という構造が明確に示されています。


またこれは、大規模な会議や特別な取り組みではなく、小規模で継続的な対話や、実際の患者対応を通じた協働といった、日常業務の延長線上にある経験こそが「顔の見える関係」を育てることを示唆しています。


その意味で本論文は、忙しい臨床現場においても実践可能な視点を提示している重要な研究であると感じました。


Keyword:顔の見える関係 地域連携 多職種連携 信頼関係 医鍼連携

しりたがりやの ふくろうぼうや

こどもに絵本の読み聞かせをしているとき、ふと、臨床の場面と重なる瞬間がありました。

『しりたがりやの ふくろうぼうや』を読みながら、この物語は医学や医療のあり方、とりわけ鍼灸師の役割を考えるうえで、とても示唆に富んでいるのではないかと感じたので、少し言葉にしてみたいと思います。

しりたがりやの ふくろうぼうや
『しりたがりやの ふくろうぼうや』文:マイク・サラー/絵:デイヴィッド・ウィーズナー/訳:せな あいこ(評論社)

絵本のあらすじは、

「アウリーぼうや」という小さなふくろうの子どもが、とても好奇心旺盛で、

  • 「空には星がいくつあるの?」

  • 「空ってどれくらい高いの?」

  • 「海はどれくらい深いの?」

…など、次々に質問してきます。お母さんふくろうは「確かめてごらん」とやさしく応え、ぼうやはその答えが 数えることのできないほど限りがないということを次第に理解していきます。最後には親子のあたたかな愛情が描かれるお話です。


このやり取りは、医学と医療の関係性を象徴しているように思えます。


医学が「確かめる」もの ― Disease の視点

現代医学では、検査や画像、数値、診断名といった客観的指標を用いて病態を把握します。

これは Disease(疾患) の側面であり、医学として不可欠なプロセスです。

鍼灸臨床においても、

  • 医師の診断内容

  • 検査結果

  • 既往歴や服薬状況

を理解することは、極めて重要です。

絵本の中で言えば、「空の高さを測る」「星の数を数える」という行為に相当します。


患者さんが本当に困っていること ― Illness の視点

しかし、患者さんが鍼灸院で語るのは、

  • 不安やつらさ、将来への恐れ

  • 誰にも分かってもらえない感覚

  • なぜこのタイミングだったのか

といった、数値化できない体験です。

これが Illness(病いの体験) の側面です。

検査では異常が見つからなくても、また同じ診断名・同じ検査所見であっても、患者さんが体験している「つらさ」や「困りごと」は一人ひとり異なります。 本人にとっては、確かに苦しい体験なのです。


Disease-Illnessmodel
Disease-Illnessモデル

解釈モデル ― 物語としての病いを理解する

解釈モデルとは、患者さんが鍼灸院に来院する「本当の理由(真の受診理由)」を理解するためのフレームです。 症状そのものではなく、患者さんがその症状をどのように捉え、どのような意味を与えているのかに焦点を当てます。

解釈モデル
解釈モデル

鍼灸臨床においては、症状や所見を把握すること自体が目的ではありません。

それ以上に重要なのは、患者さん自身が、現在の状態をどのように捉え、どのような意味づけをしているのかを理解することです。


同じ症状であっても、

  • 「このまま治らないのではないか」という不安

  • 「仕事や家庭に迷惑をかけている」という罪悪感

  • 「誰にも分かってもらえない」という孤立感

など、患者さんが抱えている背景は大きく異なり、鍼灸院への受診行動の動機そのものに深く関わっています。


また、

  • なぜこの症状が起きたと思っているのか

  • 何が一番つらいのか

  • 何を不安に感じているのか

  • この状態が生活や仕事、人間関係にどのような影響を及ぼしているのか

これらは、検査や診断名からは見えてきません。


絵本の最後で示されるのは、「数えきれないもの」「測れないもの」が存在するという事実です。そして、その答えは親子が寄り添う時間として描かれます。鍼灸臨床に通ずるものがあると思います。


鍼灸師の役割 ―「確かめる」と「寄り添う」のあいだで

鍼灸師は、

  • Disease を軽視する立場でもなく

  • Illness だけに寄り添う立場でもありません

私はこの双方の視点を持つ立場にあると考えています。


患者さんの語りを受け止めながら、必要に応じて医療機関とも連携する。この役割は、「すべてを説明すること」よりも「分からない部分を抱えたまま関わる」を許容する姿勢に支えられていると思います。


おわりに

『しりたがりやの ふくろうぼうや』が最後に伝えるのは、答えの正確さではなく、関係性のあたたかさです。鍼灸臨床においても、患者さんにとって最も大きな支えとなるのは、「ひとりではない」と感じられる体験なのかもしれません。

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