「しりたがりやの ふくろうぼうや」から見る鍼灸師の役割
- 大慈松浦鍼灸院

- 2025年12月13日
- 読了時間: 4分
更新日:3 日前
しりたがりやの ふくろうぼうや
こどもに絵本の読み聞かせをしているとき、ふと、臨床の場面と重なる瞬間がありました。
『しりたがりやの ふくろうぼうや』を読みながら、この物語は医学や医療のあり方、とりわけ鍼灸師の役割を考えるうえで、とても示唆に富んでいるのではないかと感じたので、少し言葉にしてみたいと思います。
絵本のあらすじは、
「アウリーぼうや」という小さなふくろうの子どもが、とても好奇心旺盛で、
「空には星がいくつあるの?」
「空ってどれくらい高いの?」
「海はどれくらい深いの?」
…など、次々に質問してきます。お母さんふくろうは「確かめてごらん」とやさしく応え、ぼうやはその答えが 数えることのできないほど限りがないということを次第に理解していきます。最後には親子のあたたかな愛情が描かれるお話です。
このやり取りは、医学と医療の関係性を象徴しているように思えます。
医学が「確かめる」もの ― Disease の視点
現代医学では、検査や画像、数値、診断名といった客観的指標を用いて病態を把握します。
これは Disease(疾患) の側面であり、医学として不可欠なプロセスです。
鍼灸臨床においても、
医師の診断内容
検査結果
既往歴や服薬状況
を理解することは、極めて重要です。
絵本の中で言えば、「空の高さを測る」「星の数を数える」という行為に相当します。
患者さんが本当に困っていること ― Illness の視点
しかし、患者さんが鍼灸院で語るのは、
不安やつらさ、将来への恐れ
誰にも分かってもらえない感覚
なぜこのタイミングだったのか
といった、数値化できない体験です。
これが Illness(病いの体験) の側面です。
検査では異常が見つからなくても、また同じ診断名・同じ検査所見であっても、患者さんが体験している「つらさ」や「困りごと」は一人ひとり異なります。 本人にとっては、確かに苦しい体験なのです。

解釈モデル ― 物語としての病いを理解する
解釈モデルとは、患者さんが鍼灸院に来院する「本当の理由(真の受診理由)」を理解するためのフレームです。 症状そのものではなく、患者さんがその症状をどのように捉え、どのような意味を与えているのかに焦点を当てます。

鍼灸臨床においては、症状や所見を把握すること自体が目的ではありません。
それ以上に重要なのは、患者さん自身が、現在の状態をどのように捉え、どのような意味づけをしているのかを理解することです。
同じ症状であっても、
「このまま治らないのではないか」という不安
「仕事や家庭に迷惑をかけている」という罪悪感
「誰にも分かってもらえない」という孤立感
など、患者さんが抱えている背景は大きく異なり、鍼灸院への受診行動の動機そのものに深く関わっています。
また、
なぜこの症状が起きたと思っているのか
何が一番つらいのか
何を不安に感じているのか
この状態が生活や仕事、人間関係にどのような影響を及ぼしているのか
これらは、検査や診断名からは見えてきません。
絵本の最後で示されるのは、「数えきれないもの」「測れないもの」が存在するという事実です。そして、その答えは親子が寄り添う時間として描かれます。鍼灸臨床に通ずるものがあると思います。
鍼灸師の役割 ―「確かめる」と「寄り添う」のあいだで
鍼灸師は、
Disease を軽視する立場でもなく
Illness だけに寄り添う立場でもありません
私はこの双方の視点を持つ立場にあると考えています。
患者さんの語りを受け止めながら、必要に応じて医療機関とも連携する。この役割は、「すべてを説明すること」よりも「分からない部分を抱えたまま関わる」を許容する姿勢に支えられていると思います。
おわりに
『しりたがりやの ふくろうぼうや』が最後に伝えるのは、答えの正確さではなく、関係性のあたたかさです。鍼灸臨床においても、患者さんにとって最も大きな支えとなるのは、「ひとりではない」と感じられる体験なのかもしれません。






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