「未病」という言葉に感じていた違和感の正体― 時間軸で捉える鍼灸師の役割
- 大慈松浦鍼灸院

- 2025年12月17日
- 読了時間: 5分
更新日:2025年12月19日
鍼灸は「未病」に強い、とよく言われますが、その「未病」とは本当に臨床の全体像を捉えているのでしょうか?鍼灸院と医療機関における「診療体系の違い」
鍼灸院の診療体系は、多くの場合、
症状を起点としながらも
診断名や治療アルゴリズムに依存せず
外来中心で、比較的長期的・継続的な関わりを前提とする
という特徴を持っています。
その対象は、
疾病前状態(いわゆる未病)
慢性疾患の管理期
症状はあるが医療的介入の優先度が低い状態
など、「管理中心」「生活と密接に関わるフェーズ」に位置づけられることが多いと言えます。
一方、医療機関、とりわけホスピタリスト的視点(急性期から回復期までを一貫して担い、診断と治療判断を重視する視点)では、
確定診断
急性期への対応
治療の適応・非適応の判断
などが強く求められます。
このため、鍼灸院と医療機関では、患者を見ている時間軸と目的が必ずしも一致しないという構造的なズレが生じやすくなります。
鍼灸の役割は「一つ」ではない
このズレを前提に整理すると、鍼灸の役割は大きく二つに分けて捉えることができます。
鍼灸院における鍼灸の役割
鍼灸院で担われる役割は、主に次の2点に集約されます。
疾病前状態の健常人を、いかに病にさせないか
既に疾病を有する患者の QOL を、いかに維持・向上させるか
ここでは、症状の軽減そのものだけでなく、
生活の質
不安やストレスの緩和
自己調整力の回復
といった、医療モデルでは捉えきれない側面が重要な評価軸になります。
医療機関における鍼灸の役割
一方、医療機関における鍼灸の役割は、より明確です。
鍼灸治療の適応・不適応を明確にすること
医学的評価の枠組みの中で、鍼灸がどこに位置づくのかを示すこと
すなわち、「どの病態・どのフェーズで、何を目的に用いるのか」を明確にする役割が求められます。
自覚症状 × 時間で捉える、連続体としての健康と疾病
私が整理した図では、自覚症状の強さ × 時間という2軸の上で、
健康
未病(Pre-symptomatic / Subclinical state)
疾病(disease)
疾病後のサブクリニカル状態(Post-disease subclinical state)
が、断絶ではなく連続したプロセスとして示しています。
鍼灸は本来、
Pre-symptomatic state → Subclinical state → disease → Post-disease subclinical state
のすべてに対応しうるポテンシャルを有している、と私は考えています。
なぜ私は「未病」という言葉に違和感を覚えていたのか
ここで、個人的な違和感について触れたいと思います。
一般に「未病」という言葉は、
健康と疾病のあいだ
病名はつかないが不調がある状態
これから病気になる可能性がある段階
という、時間軸の“前半部分”にほぼ限定して使われてきました。
つまり多くの場合、
健康 → 未病 → 疾病
というモデルで理解されています。

しかし臨床には、もう一つの重要な領域があります。
見落とされてきた「Post-disease subclinical state」
実際の臨床では、
疾病を経験した「後」に
明確な疾患活動性はない
しかし、症状や生活上の違和感が残る
Post-disease subclinical state(筆者考案) が確実に存在します。

筆者考案
ここは、
「未病」とは呼ばれにくく
しかし「健康」とも言えない
医療的には「治癒」と扱われやすい
非常に宙に浮いた領域です。
私が「未病」という言葉に違和感を感じていたのは、このPost-disease subclinical stateを十分に考慮していなかったからだと、今では感じています。
未病を「点」ではなく「構造」で捉える
未病を、
健康と疾病のあいだの「点」として捉えると、臨床とズレが生じる
疾病を挟んだ前後に存在するサブクリニカルな状態群として捉えると、臨床実感と一致する
このように考えると、整理が非常に明確になります。
フェーズ | 状態 |
疾病前 | Pre-symptomatic / Subclinical state |
疾病後 | Post-disease subclinical state |
この両視点を含めて診ることができる点こそが、現代医療における鍼灸師の独自性であり、強みではないでしょうか。
各フェーズにおける鍼灸師の役割
自覚症状の強さと時間軸で捉えた連続体の中で、鍼灸師は各フェーズごとに異なる役割を担います。重要なのは、どのフェーズでも同じことをするのではなく、役割が変化するという点です。
① Pre-symptomatic state
このフェーズは、医療がほとんど介入しない領域です。
検査値は正常
診断名はつかない
しかし、本人は「何となくの違和感」「調子の悪さ」を感じている
ここはまさに、鍼灸が得意とする領域と言えます。
鍼灸師は、
体調変動の早期察知
生活・ストレス・睡眠といった要因への介入
病に「させない」ための関与
を通して、予防医学・未病医学の担い手として機能します。
この段階では、病名ではなく「変化」を捉える視点こそが専門性となります。
② Subclinical state
The stage between health and disease が象徴するように、
病理学的変化は進行している可能性がある
しかし医療的には「様子見」になりやすい
という、極めて不安定なフェーズです。
この領域では、
症状の揺らぎ
日内変動
ストレスとの相互作用
といった動的な変化を捉える視点が重要になります。
ここでの鍼灸師の役割は、
鍼灸治療の適応・不適応を判断し、医療機関につなぐか否かを見極める橋渡し役
です。
③ disease
このフェーズは、医療が主役となる領域です。
重要なのは、ここで鍼灸が「排除される」のではなく、役割が変化するという点です。
鍼灸は、
標準治療を補完する
痛みや不定愁訴の緩和
QOL の改善
薬物治療だけでは届きにくい側面への介入
を担います。
すなわち、適応を明確にしたうえでの協働が求められる段階です。
④ Post-disease subclinical state
このフェーズは、
明確な疾患活動性はない
しかし症状や生活上の違和感が残存している
という状態です。
ここは、現代医療が苦手とする領域の一つでもあります。
治ったはずなのに調子が戻らない
「異常なし」と言われたが、つらい
再発への不安や生活の質の低下
こうした状況に対し、鍼灸師は、再発予防、残存症状への対応、QOLの向上といった役割を担ってきました。「未病」を疾病前だけで捉える限り、鍼灸の本当の役割は見えてこないのかもしれません。鍼灸が「未病」に強いと言われてきた理由は、疾病の前後を含めた時間軸を診てきたからなのだと思います。





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