RESEARCH
標準治療に鍼治療を加えるとどうなるのか
うつ病・双極性障害のうつ状態を対象とした鍼治療の上乗せ研究
うつ病や双極性障害のうつ状態では、薬物療法をはじめとする精神科治療が行われます。一方、治療を継続していても、抑うつ症状や不安症状が残る患者さんもいます。
このような場合、現在の治療を変更するのではなく、別の治療を追加する方法があります。一般に上乗せ治療(add-on therapy)と呼ばれる考え方です。
松浦悠人らは、標準治療を継続しているうつ病および双極性障害の患者を対象に、鍼治療を3か月間併用した際の症状変化を検討しました。
本ページでは、この研究の方法と結果、その解釈について紹介します。
鍼治療の「上乗せ効果」を検討する
本研究で検討されたのは、鍼治療を単独で行った場合の効果ではありません。
精神科で行われている治療を継続しながら、そこに鍼治療を追加した場合の変化です。
研究では、次の3つの期間が設定されました。
標準治療のみの期間
鍼治療を開始する前の3か月間です。
この期間は、精神科外来で行われている治療を継続し、症状の経過を確認しました。
標準治療に鍼治療を併用した期間
続く3か月間は、これまでの治療を継続しながら、週1回の鍼治療を追加しました。
鍼治療終了後の期間
鍼治療終了後も3か月間の経過を確認しました。
この研究では、鍼治療を始める前から症状の変化を確認しています。
標準治療を受けている期間と、鍼治療を追加した期間、その後の経過を同じ患者の中で比較した点が特徴です。
どのような患者が対象になったのか
対象は、精神科外来に通院していた、うつ病または双極性障害のうつ状態にある患者です。
2種類以上の薬剤による十分な治療を受けても、改善または寛解に至っていない患者が対象となりました。最終的な解析対象は19名でした。うつ病が6名、双極性障害が13名です。平均年齢は42.2歳で、平均罹病期間は9.4年でした。
研究対象には、標準治療を継続していても抑うつ症状や不安症状が残っている患者が含まれています。
鍼治療はどのように行われたのか
鍼治療は、週1回、3か月間行われました。
百会、風池、心兪、肝兪、脾兪、内関、合谷、足三里、三陰交、太衝の10穴を共通の治療穴とし、それぞれの身体所見に応じた治療が追加されています。つまり、全員にまったく同じ治療を行ったわけではありません。基本となる治療を設定したうえで、患者ごとの身体症状や所見に応じて治療内容を調整する方法が採用されました。
これは、日本の鍼灸臨床で行われている治療方法を反映したものです。
うつ症状と不安症状の変化を評価
症状の評価には、2つの自己記入式評価尺度が使用されました。
HSDS
Himorogi Self-Rating Depression Scaleの略称で、抑うつ症状を評価する尺度です。
HSAS
Himorogi Self-Rating Anxiety Scaleの略称で、不安症状を評価する尺度です。
これらの評価を、鍼治療開始前から鍼治療中、治療終了後まで継続して行いました。
鍼治療を追加した期間に症状の変化がみられた
鍼治療開始前の3か月間では、抑うつ症状と不安症状の評価尺度に大きな変化はみられませんでした。
その後、標準治療に鍼治療を追加すると、HSDSで評価した抑うつ症状は、鍼治療開始2か月後から統計学的に有意な低下が認められました。3か月後には、さらに大きな変化がみられています。
不安症状を評価したHSASについても、鍼治療開始2か月後から有意な低下が認められました。
本研究では、標準治療のみを継続していた期間と比較し、鍼治療を追加した期間に抑うつ症状と不安症状の軽減が認められました。

鍼治療終了後も経過を確認
本研究では、3か月間の鍼治療が終了した後も経過を確認しています。
HSDSで評価した抑うつ症状は、鍼治療終了後の期間にも統計学的な低下が認められました。
不安症状についても、鍼治療終了後の一部の評価時点で低下が認められています。
この結果について著者らは、鍼治療期間中にみられた症状の軽減が、治療終了後も一定期間維持された可能性を考察しています。
ただし、鍼治療を終了した後の症状変化を「鍼の効果が持続した」と断定することはできません。自然経過や継続している標準治療など、ほかの要因も考慮する必要があります。
薬物療法の大きな変更は確認されなかった
精神科領域の研究では、研究期間中に薬剤が変更されることで、症状が変化する可能性があります。本研究では、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬について薬剤量を換算して評価しています。
その結果、研究期間を通して使用薬剤の換算値に大きな変化は確認されませんでした。
この点から、研究期間中にみられた症状変化を、薬物療法の大幅な変更だけで説明することは難しいと考えられます。
一方、薬物療法やその他の精神科治療を制限した研究ではありません。
鍼治療以外の治療による影響を完全に除外した研究ではない点には注意が必要です。
この研究から分かること
本研究では、標準治療を継続していても抑うつ症状や不安症状が残っていた患者に対して、鍼治療を3か月間追加しました。
その期間に、抑うつ症状と不安症状の評価尺度が低下しています。
この結果は、鍼治療が精神科の標準治療に代わることを示したものではありません。
既存の治療を継続しながら鍼治療を追加するという、補完的な治療方法を検討した研究です。
メンタルヘルス領域における鍼灸を考える際には、「鍼治療か、薬物療法か」という二者択一で考える必要はありません。現在必要な医療を継続したうえで、残っている症状に対して鍼灸がどのような役割を担えるのか。本研究は、そのような臨床的な問いから行われています。
この研究からは分からないこと
本研究は、無作為化比較試験ではありません。
また、鍼治療を行わない患者を同時期に比較する対照群も設定されていません。
標準治療のみの期間を比較対象としていますが、時間の経過による自然な症状変化や、患者自身の期待などの影響を完全に除外することはできません。対象者数も19名と少なく、うつ病と双極性障害という異なる疾患が含まれています。
また、研究開始時に対象となった患者のうち、研究期間を通して全員が評価を完了したわけではありません。そのため、本研究の結果だけから、うつ病や双極性障害に対する鍼治療の有効性を確定することはできません。
著者らも、本研究を限界のある研究として位置づけています。今後は、より多くの患者を対象とした比較試験や、疾患ごとの検討が必要です。
当院における鍼灸の位置づけ
当院では、精神科・心療内科に通院している患者さんに対して、現在の治療を中断して鍼灸へ変更することを勧めていません。原則として、医療機関での治療を継続しながら鍼灸を行います。
メンタルヘルス領域では、不眠、頭痛、首肩の緊張、胃腸症状、身体のこわばりなど、精神症状とともに身体症状がみられることがあります。当院では、抑うつ症状や不安症状だけを評価するのではなく、睡眠や身体症状を含めて経過を確認しています。
鍼灸ですべての症状に対応するのではなく、現在の医療の中で、鍼灸が補完的に担える部分を検討する。これが、当院におけるメンタルヘルス領域の鍼灸の基本的な位置づけです。
参考文献
松浦悠人, 渡部芳徳, 谷口博志, 藤本英樹, 向ありさ, 古賀義久, 安野富美子, 坂井友実.
うつ病と双極性障害うつ状態に対する標準治療による助走期間を考慮した鍼治療3ヶ月間の上乗せ(add-on)効果と持続効果:過去起点型コホート.
全日本鍼灸学会雑誌. 2019;69(2):102-112.
doi: 10.3777/jjsam.69.102
メンタルヘルス領域の鍼灸について
当院では、精神症状と身体症状を別々に捉えるのではなく、睡眠、身体症状、生活の変化、これまでの経過を含めて状態を確認しています。
メンタルヘルス領域における当院の治療方針については、以下のページで紹介しています。
このページを書いた人
PROFILE
監修
鍼灸師 松浦知史
全日本鍼灸学会認定鍼灸師
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。研修終了後は埼玉医科大学東洋医学科、ならびに同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。

