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不眠症と鍼灸治療

🔵 Q&Aでわかる!

不眠症と鍼灸治療

Q1. 不眠症とは?

A. 不眠症は、罹患頻度の高い代表的な睡眠障害の一つです。

成人の30%以上が、

  • 寝つきに時間がかかる(入眠困難

  • 途中で何度も目が覚める(中途覚醒

  • 予定より早く目が覚める(早朝覚醒

  • ぐっすり寝た感じがしない(熟眠障害

といった不眠症状を経験しています。

🔹 その中でも約6〜10%の人は、医学的に「不眠症」と診断されます。
 これは、原発性不眠症精神生理性不眠症、あるいは精神疾患や身体疾患に伴う二次性不眠症などが含まれます。

 特に慢性化した不眠は、日中の眠気倦怠感集中力の低下精神運動機能の低下を引き起こすだけでなく、抑うつや不安などの精神的症状を伴うことも少なくありません。これらは、日常生活の質(QOL)を大きく損なう原因となります。​

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🔹 過去の疫学調査によって、1か月以上持続する慢性不眠症は、その後も持続・再発しやすく、きわめて難治性であることが明らかになっています。

実際に、慢性不眠症のある方の
約70%は1年後も不眠が持続し、
約半数は3~20年後も症状が続くと報告されています。

さらに、薬物療法などにより一時的に症状が改善しても、その後、再発する人が半数以上にのぼることも分かっています。

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なぜ鍼灸治療が注目されているの?

 現代社会で増加している不眠症は、生活の質を大きく下げ、うつ病や生活習慣病のリスクも高めます。従来の不眠症治療は薬物療法が中心でしたが、副作用や依存性、長期効果の限界が課題となってきました

 そんな中、近年では鍼治療が不眠症の改善に効果があることが確認され、その科学的な有効性やメカニズムを解明する研究が増えてきました。

Q2. 「鍼灸」って不眠症に効くの?

A. はい、ここでは原発性不眠症に対する鍼治療の有効性や安全性、作用機序などを整理してご紹介します

​「鍼治療は本当に不眠症に効くのか?」

1. 鍼治療の有効性を検証した臨床試験(2013年)

 Guoらは、原発性不眠症患者180名を対象に、以下の3群に無作為に割り付けたRCTを実施しました。

① 鍼治療+プラセボ薬群(鍼治療群)

② 睡眠薬(ベンゾジアゼピン系:エスタゾラム)+偽鍼群(内服薬群)

③ 偽鍼+プラセボ薬群(プラセボ群)

 6週間の介入後、さらに2ヶ月間のフォローアップを実施し、PSQI(睡眠の質)ESS(日中の眠気)SF-36(生活の質)を評価指標としました。

結果は明快で、

  • 鍼治療を受けた患者は睡眠の質が向上し、

  • 日中の眠気や生活の活力も改善しました。

 

さらに、鍼の刺激感(「得気(De-qi)」)が多いほど効果も大きく、鍼治療の安全性も確認されました。

鍼治療群では以下のような優れた効果が認められました。

  • PSQIスコアの有意な改善(特に「睡眠の質」「日中機能」「全体的スコア」)

  • ESS:日中の眠気の有意な改善

  • SF-36:「活力」「社会的機能」の改善

  • フォローアップ2ヶ月後も改善が維持

不眠 鍼灸
不眠 鍼灸 スコア改善

「鍼は体の中でどう作用しているのか?」を調べる段階へ―

2. 中枢神経系への作用に着目したレビュー(2024年)

 Yaoらは、原発性不眠症に対する鍼治療の中枢神経系への調整作用に焦点を当てたレビューを発表しました。

特に、視床下部を中心に以下の作用が報告されました。

  • 概日リズム関連遺伝子の調節

  • 炎症・代謝調節・アポトーシスへの影響

  • 神経代謝物質の変化や脳機能活動の修正

不眠 鍼灸 メカニズム

 さらに、本レビューでは臨床で用いられる代表的な刺激法(一般的な鍼治療、鍼通電、眉間への浅い鍼刺激、経皮的耳介迷走神経刺激など)主要経穴(百会、神門、三陰交、上迎香、耳介穴(Heart, kidney)など)も明示されました。

不眠 鍼灸 刺激方法

さらに科学的な裏付けを調べる段階へ―

3. 鍼治療の作用機序と安全性に関する包括的レビュー(2024年)

 Zhaoらは、原発性不眠症に対する鍼治療の作用機序・有効性・安全性・臨床応用の提言を発表しました。

🔹 鍼治療の主要な作用機序:

  1. 神経伝達物質の調節(GABA、5-HTなど)

  2. 神経可塑性の促進(BDNF)

  3. 炎症性サイトカインの制御自律神経系の調整

  4. 腸内細菌叢の変化を介した脳腸相関の調節

さらに、重大な有害事象は報告されておらず、安全性も高いことが確認されました。

不眠 鍼灸 作用機序

技術の進歩で分かってきたことも―

4. 機能的MRIによる脳機能変化の可視化(2024年)

 LiuらはfMRIを用いて、鍼治療が不眠症患者の脳機能に与える影響を解析しました。

  • 使用経穴:百会、神庭、本神、四神聡、三陰交、内関、神門

  • 施術回数:週3回×4週=12回、施術時間:1回30分、刺鍼深度:深さ5〜10mm、得気あり

 これらの経穴は、「安神穴」「補心安神」「清心寧神」などの効能を有します。そのため、古くから不眠症や精神の不調などに用いられてきました。

​ Aが「古くから使われてきた経穴」で、Bは「不眠に対しては一般的には用いない経穴」としました。

不眠 経穴

主な脳領域と機能

  • LC(青斑核):ストレス、覚醒、睡眠、自律神経を統合的に制御

  • IFG(下前頭回):覚醒や不安反応の過活動に関与

  • SMG(縁上回):覚醒と睡眠の切り替えに関与

  • Insula(島皮質):安静時や睡眠時の感覚処理の制御

 

🔹 主要な結果:

過剰な覚醒ネットワークの抑制

  • RA群では、LC-IFG間の過剰な結合が抑えられました(青色の領域)。
    → 不眠症患者で過剰に働いていた覚醒・不安関連の脳活動を、鍼治療が正常化したことを示唆します。

脳機能 鍼灸

睡眠ネットワークの強化

  • RA群では、LCとSMG/Insula間の結合が有意に増加しました(赤色の領域)。
    → 睡眠・安静時の機能的ネットワークが修復・強化され、睡眠の質を高める方向に作用した可能性があります。

脳機能 鍼灸

 そして、ΔFC(結合性の増加)が大きいほど、ΔPSQI(スコアの低下=睡眠の改善)が大きかったです。統計的に有意な負の相関(r = -0.377, p = 0.007)でした。
 つまり、脳の機能的変化(fMRI)が、主観的な症状改善(PSIQ)と連動していました

鍼灸 スコア改善

5. Emotional networkへの作用:fMRI研究(2024年)

 Jiangらは、鍼治療が情動(emotional network)に関する機能的結合性(rsFC)をどのように調節するかをfMRIで解析しました。

この研究の背景として…

 不眠は単なる「寝つきが悪い」「中途覚醒がある」といった睡眠障害にとどまらず、

 

しばしば:

  • 不安症状(過剰な心配・緊張)

  • うつ状態(意欲低下・興味喪失など)

と同時に出現します。

 これらの症状は脳内で共通のnetwork(扁桃体・前帯状皮質・海馬)に関与していて、互いに悪化させあうという悪循環を形成します。

​​

🔹 情動調節と睡眠の質向上

 鍼治療は、不眠症患者で過敏になっているemotional networkのrsFCを調整することがわかりました。具体的には、前帯状皮質海馬扁桃体を中心にrsFCが改善され、情動調節能力と睡眠機能の向上に寄与した可能性があります。

脳機能 鍼灸

​​🔹 相関分析により判明した臨床的意義

  • 右扁桃体–左海馬のrsFC増加は、不安スコア(HAMA)の有意な改善と相関

  • 左扁桃体–左視床のrsFC低下は、睡眠効率の改善と関連

 この結果は、鍼治療によって正常化し、睡眠と情動の両面に作用していることを示します。

脳機能 鍼灸
脳機能 鍼灸

つまり、鍼によってrsFCが変化し、


結果的に:

  • 睡眠の質が改善

  • 不安やうつが軽減

という臨床的な効果と脳の機能的な変化がリンクしていた、というわけです。


👉 Jiang TF, et al., BMC Complementary Medicine and Therapies, 2024

6. 用量–反応関係に関するメタ解析(2025年)

 さて、これまで、不眠症に対する鍼治療の有効性は多くの研究で支持され、その作用メカニズムについても徐々に明らかになりつつあります。しかし、「鍼治療の頻度・回数・治療期間と効果との関係」については、十分に解明されていませんでした。

 

 Zhangらは、原発性不眠症に対する鍼治療の最適な治療頻度・期間について、システマティックレビューおよびメタ解析を実施しました。

🔹 最適なプロトコル:

  • 週3回 × 3〜4週間合計12〜20回の治療回数が最適と考えられました。

 治療効果は3~4週間で最大化され、その後は効果の維持は認められたが更なる改善の上乗せは限定的でした。これは「長期的には効果は消失する」というような否定的な結果ではありません。むしろその状態がキープできると考える方が妥当です​。

👉 Zhang X, et al., Frontiers in Psychiatry, 2025

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