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経絡は「間質」なのか? 2002年から続く鍼灸と結合組織の研究をたどる

執筆者の写真: 大慈松浦鍼灸院
大慈松浦鍼灸院
1 日前
読了時間: 12分

鍼灸で古くから使われてきた「経絡」は、身体の中に実際に存在するのでしょうか?

この古くて難しい問いが、2026年になって思わぬ形で再び注目されています。


2026年3月、米国科学アカデミー紀要『PNAS』が「鍼治療の科学」をテーマにしたNews Featureを掲載しました。


さらに5月には『The New York Times Magazine』が、身体に広がるinterstitium(間質)を取り上げ、その中で鍼灸の経絡との関係にも踏み込んでいます。


「もしかすると、経絡と間質には何らかの関係があるのではないか?」


そんな興味深い可能性が、一般メディアでも紹介されるようになったわけです。

ただし、最初に結論を書いておくと、「経絡=interstitium」と科学的に証明されたわけではありません。

それでもこの話が面白いのは、2026年になって突然生まれたものではなく、20年以上前から続いてきた鍼・結合組織・筋膜・間質をめぐる研究の延長線上にあるからです。


2002年、「経穴と結合組織は関係しているのではないか」

この話をたどるうえで、一つの出発点となるのが、Helene Langevinらが2002年に発表した研究です。

Langevinらは、ヒト上肢の解剖断面に経穴の位置を重ね、経穴と筋間・筋内の結合組織面との位置関係を調べました。その結果、調べた経穴の約80%が筋間または筋内の結合組織面と対応していたと報告しています。


そしてLangevinらは、経穴・経絡のネットワークを、全身に広がるinterstitial connective tissue(間質性結合組織)のネットワークとして考えられないか、という仮説を提示しました。


この前後には同じ研究グループから、鍼を回旋した際に周囲の結合組織が鍼に巻きつくneedle grasp(ニードル・グラスプ)や、そこから生じる機械刺激が細胞へ伝わるmechanotransduction(メカノトランスダクション)についても研究されています。


ただし、この2002年の研究だけで「経絡の正体が結合組織だった」と証明されたわけではありません。

結合組織そのものは身体の広い範囲に存在します。経穴との位置的な対応が認められたことと、「経穴だけに特別な構造が存在する」ことは同じではありません。


鍼と結合組織、needle grasp、mechanotransductionについては、前回の記事で紹介しています。


今回の記事では、その先にあるinterstitium(間質)の話へ進みます。


2018年、「間質」の見え方が変わった

2018年、『Scientific Reports』に興味深い論文が発表されました。

Benias、Wells、Theiseらによる、“Structure and Distribution of an Unrecognized Interstitium in Human Tissues”という研究です。


当時、一部のメディアでは「人体に新しい臓器が発見された」と大きく報じられました。

しかし、これは少し注意が必要です。interstitium(間質)やinterstitial fluid(間質液)そのものが、2018年に初めて発見されたわけではありません。以前から、細胞と細胞の間には間質があり、そこに間質液が存在することは知られていました。


この研究で注目されたのは、その間質が従来考えられていた以上に、大きな液体空間を持った立体的な構造として存在している可能性でした。

interstitium(間質)
間質(interstitium)の模式図。コラーゲン束と細胞に囲まれた、液体を含む空間構造が示されています。

なぜ、それまでよく見えなかったのか

研究のきっかけは、胆管を特殊な内視鏡顕微鏡で観察したことでした。

研究者らは、通常の組織標本では見慣れない網目状の構造を観察しました。

そこで組織の処理方法を変えて詳しく調べたところ、太いコラーゲン束によって支えられた、液体を含む空間が確認されました。


通常の病理標本では、組織を固定して薄い切片を作製します。その過程で水分が抜け、もともと存在していた空間が潰れてしまうことがあります。つまり、これまで「密な結合組織」として見えていた場所の一部に、生体内では液体を含んだ空間が存在していた可能性が示されたわけです。

同様の構造は、皮膚、消化管、膀胱、気管支周囲、血管周囲、そしてfascia(筋膜)などでも確認されました。研究者らはこれを、身体のさまざまな場所に存在する、広範なfluid-filled interstitial spaceとして捉えています。


結合組織は「身体を支えるだけ」ではない

この研究が興味深いのは、結合組織に対する見方を少し変える点にあります。

結合組織というと、身体を支えたり、筋肉や臓器を包んだりする構造をイメージしやすいかもしれません。しかし実際には、その内部には細胞外基質、コラーゲン、ヒアルロン酸、さまざまな細胞、そして間質液があります。

つまり結合組織は、単なる身体の「詰め物」ではなく、力や液体、細胞、分子が相互作用する動的な環境でもあります。


ここで、2002年にLangevinらが提示していた「間質性結合組織のネットワーク」という考え方と、少しずつ接点が見えてきます。


2021年、間質は組織を越えてつながっているのか

2018年の研究には、さらに大きな疑問が残っていました。

それぞれの臓器に存在する間質空間は、独立したものなのでしょうか。

それとも、身体の中である程度連続しているのでしょうか。


2021年、同じ研究グループは『Communications Biology』に、“Evidence for continuity of interstitial spaces across tissue and organ boundaries in humans”という研究を発表しました。


研究では、皮膚や大腸などの組織を調べ、タトゥー色素やコロイド銀などの粒子が、どのような場所に存在するかを観察しました。

さらに、間質に多く存在するhyaluronic acid(ヒアルロン酸)の分布も調べています。

その結果、皮膚から皮下組織、大腸壁から周囲の腸間膜、さらに血管や神経の周囲などで、間質空間の連続性を示す所見が認められました。


研究者らはここから、液体を含む間質空間が、組織や臓器の境界を越えて連続するネットワークを形成している可能性を示しています。


ただし、この研究も経絡を調べたものではありません。こうした間質ネットワークは、物質や細胞の移動、炎症、浮腫、線維化、あるいは癌の進展など、さまざまな生理・病理現象を考えるうえで重要な研究対象です。

経絡との関連は、そこからさらに先の話になります。


2021年、内関から入れた色素はどこへ向かったのか

そして同じ2021年、鍼灸との関係で非常に興味深い研究が発表されました。

15人の健康成人を対象として、前腕にある経穴内関(PC6)などへ蛍光色素を注入し、その移動を観察した研究です。


使用された色素の一つがfluorescein sodium(フルオレセイン)でした。

内関へのフルオレセイン注入を行った19回の試験のうち、15回、約79%で、色素が時間をかけて近位方向へ線状に移動する現象が観察されました。

fluorescein sodium(フルオレセイン)でした。

内関へのフルオレセイン注入を行った19回の試験のうち、15回、約79%で、色素が時間をかけて近位方向へ線状に移動する現象が観察されました。
PC6にフルオレセインを注入すると、時間とともに前腕を近位方向へ線状の蛍光が現れました。一部の例では、曲沢(PC3)が途中の線状経路より先に光る現象も観察されました。

さらに、その線は伝統的な心包経の走行に近く、肘付近の曲沢(PC3)へ集まるように見えたと報告されています。

その線は伝統的な心包経の走行に近く、肘付近の曲沢(PC3)へ集まるように見えたと報告されています。
PC6からの蛍光色素の移動には個人差があり、明瞭な線、途切れた線、弱い線、線が形成されない例などがみられました。

一方、内関に隣接する非経穴部位へ色素を注入した場合には、同様の明瞭な線状経路は観察されませんでした。

一方、内関に隣接する非経穴部位へ色素を注入した場合には、同様の明瞭な線状経路は観察されませんでした。
PC6から約1 cm橈側の非経穴部位にフルオレセインを注入したところ、90分後まで観察しても、PC6への注入でみられたような明瞭な線状経路は確認されませんでした。

血管を流れていたわけではないのか

研究者らは、超音波や静脈を可視化する装置を使って、色素の線状移動と血管との位置関係も調べています。

その結果、観察された経路に対応する明らかな動脈・静脈は確認されず、むしろ筋間のfascia(筋膜)との位置的な関連がみられました。

観察された経路に対応する明らかな動脈・静脈は確認されず、むしろ筋間のfascia(筋膜)との位置的な関連がみられました。
超音波で線状経路を調べたところ、その多くは、橈側手根屈筋と浅指屈筋の間にある筋間筋膜付近に位置し、経路の大部分で対応する血管は確認されませんでした。

そこで研究者らは、結合組織や間質の内部に、物質が一定方向へ移動しやすい経路が存在する可能性を考えています。ここだけを見ると、「経絡が見えたのではないか」と思いたくなる結果です。しかし、ここは慎重に考える必要があります。


もう一つの色素では、同じ結果にならなかった

この研究では、フルオレセインだけでなく、indocyanine green(ICG)という別の色素も使用されています。

ICGを内関などへ注入した場合、注入部付近では心包経に近い方向へ移動しました。

しかし近位へ進むにつれて経路が分かれ、フルオレセインのようにPC3へ収束する現象は認められませんでした。


つまり、「心包経という固定された管が存在し、その中を色素が流れた」と単純に説明できる結果ではありません。色素の分子特性や、細胞外基質との相互作用、組織圧、間質液の移動などによって、見える経路が変わっている可能性もあります。


対象者も15人と少なく、調べられたのは主に前腕の心包経です。この結果を全身の十二経脈へ一般化することはできません。また、こうした現象が第三者の研究グループでも安定して再現されるかという問題も残っています。


2026年、PNASがこの研究を紹介した

ここまでの研究が、2026年になって再び注目されます。

2026年3月、『PNAS』に科学ジャーナリストLynne Peeplesによる、“What's the science behind acupuncture?”というNews Featureが掲載されました。


これは新しい臨床試験や基礎実験を報告した原著論文ではなく、現在の鍼研究を幅広く紹介した科学記事です。記事では、鍼の作用について、神経系、結合組織、コラーゲン、線維芽細胞、mechanotransduction、fascia、interstitiumなど、さまざまな研究が取り上げられています。


その中にはLangevinらの結合組織研究や、2021年の色素追跡研究も含まれています。

そしてPNASの記事では、鍼灸でいうmeridian channels(経絡)が、interstitiumと何らかの対応を持つ可能性にも触れています。

ここで、20年以上にわたって別々に進んできた研究が、一つのストーリーとしてつながり始めました。


New York Timesも「間質と経絡」に注目

さらに2026年5月、『The New York Times Magazine』が、“Inside the Interstitium, the Human Body’s Hidden Pathways”という大型のインタラクティブ記事を掲載しました。


中心となっているテーマは、もちろん鍼灸ではなくinterstitiumです。

身体に広がる間質空間をどのように理解するのか、それが癌や炎症、さまざまな生体現象とどのように関係しているのかが紹介されています。

しかし、その中で鍼灸の経絡との関連についてもかなり大きく取り上げられました。

一般向けメディアで、「現代解剖学で研究されているinterstitiumと、東洋医学の経絡には関係があるのではないか」という問いが正面から扱われたことになります。

これは鍼灸に関わる立場から見ると、とても興味深い出来事です。


一方で、強い批判も出ている

当然ながら、この報道には批判もあります。

特に問題になるのは、「interstitiumが存在する」という話と、「interstitiumが経絡である」という話の間には、大きな論理的な距離があることです。

身体の中に連続性を持つ結合組織・間質ネットワークが存在することは、それ自体として研究されています。しかし、そのネットワークの走行が伝統的な経絡と特異的に一致するのか。さらに、その経路を介して鍼刺激の生理作用が遠隔部へ伝えられるのか。そこまでは、まだ分かっていません。


実際、New York Timesの記事を受けて、「間質研究を経絡の証明と結びつけるのは早すぎる」とする批判も出ています。


「経絡=間質」を証明するには何が必要なのか

仮に経絡とinterstitiumの関係を科学的に検証するのであれば、少なくともいくつかの段階を分けて考える必要があります。

まず、特定方向へ間質液や物質が移動しやすい経路が本当に存在するのか。

次に、その経路が伝統的な経絡の走行と、偶然以上のレベルで特異的に一致しているのか。

そして最も重要なのが、その構造や流れが、実際に鍼刺激によって生じる生理作用や臨床効果に関与しているのかという点です。

現在の研究では、最初の部分については興味深いデータが出ています。しかし後半については、まだ十分に証明されていません。


したがって、現時点で「経絡の正体は間質だった」と結論づけることはできません。


現在、どこまで分かっているのか

ここまでを整理すると、身体にはコラーゲンや細胞外基質からなる広範囲の結合組織ネットワークが存在し、その中には間質液を含む空間があります。

また、その一部が組織や臓器の境界を越えて連続していることを支持する研究もあります。

さらに、経穴と結合組織面との位置的な関連や、経穴付近へ注入した色素が経絡に近い方向へ移動する現象も報告されています。

ここまでは、実際の研究から議論できます。

一方、経絡=interstitiumであること、間質が鍼の効果を全身へ伝える主要経路であること、古典に記載された経絡の解剖学的実体が発見されたことについては、現在のところ証明されていません。非常に興味深い仮説ではありますが、まだ研究途中です。


「経絡が発見された」よりも面白いこと

個人的には、この研究を「ついに経絡が発見された」という話として見るよりも、別のところに面白さを感じています。鍼を身体へ刺入し、回旋する。すると鍼の周囲では、コラーゲン線維を含む結合組織が変形します。その物理的な力を線維芽細胞などが受け取り、mechanotransductionによって細胞内の信号へ変換する可能性があります。

そこには神経だけではなく、細胞外基質、線維芽細胞、筋膜、間質液、血管、免疫系など、複数の要素が関わっている可能性があります。


つまり現在の鍼研究では、「鍼がどの神経を刺激するのか」という問いだけでなく、「鍼という小さな機械刺激を、身体の組織全体がどのように受け取り、生体信号へ変換しているのか」という問いへ研究領域が広がっています。


2002年、Langevinらは経穴・経絡と結合組織との関係を考えました。

2018年には、身体に広がるfluid-filled interstitial spacesが改めて注目されました。

2021年には、その間質空間が組織境界を越えて連続している可能性が示され、さらに経穴から注入した色素が経絡に近い方向へ移動するという研究も発表されました。

そして2026年、PNASやNew York Timesがこれらを取り上げています。

2002年の一つの仮説が、20年以上を経て、fascia、mechanotransduction、interstitiumという別々の研究領域と接点を持ち始めている研究史そのものがとても面白いと感じています。


経絡とは何なのか?まだ答えは出ていません。ここで「古典の内容が科学で証明された」と急いで結論づけるのではなく、古くから受け継がれてきた身体観を、現代の解剖学や生理学を使って改めて問い直していくことに、現在の鍼灸研究の面白さがあるように感じました。


参考文献

  1. Langevin HM, Churchill DL, Cipolla MJ. Mechanical signaling through connective tissue: a mechanism for the therapeutic effect of acupuncture. FASEB J. 2001;15:2275-2282.

  2. Langevin HM, Yandow JA. Relationship of acupuncture points and meridians to connective tissue planes. Anat Rec. 2002;269:257-265.

  3. Benias PC, Wells RG, Sackey-Aboagye B, et al. Structure and Distribution of an Unrecognized Interstitium in Human Tissues. Sci Rep. 2018;8:4947.

  4. Cenaj O, Allison DHR, Imam R, et al. Evidence for continuity of interstitial spaces across tissue and organ boundaries in humans. Commun Biol. 2021;4:436.

  5. Li T, Tang BQ, Zhang WB, et al. In Vivo Visualization of the Pericardium Meridian with Fluorescent Dyes. Evid Based Complement Alternat Med. 2021;2021:5581227.

  6. Peeples L. What's the science behind acupuncture? Proc Natl Acad Sci U S A. 2026;123.

  7. Cooper AZ. Inside the Interstitium, the Human Body’s Hidden Pathways. The New York Times Magazine. May 11, 2026.

 
 
 

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