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鍼はなぜ効く?PNASからみる「鍼治療の科学」

  • 執筆者の写真: 大慈松浦鍼灸院
    大慈松浦鍼灸院
  • 21 時間前
  • 読了時間: 7分

「鍼をすると、どうして身体が楽になるのでしょうか?」


鍼灸では古くから「ツボ」や「経絡」という考え方が用いられてきました。一方、現在では、鍼をしたときに身体の中で何が起きているのかを、神経科学や生理学、免疫学などから調べる研究も進んでいます。


2026年3月、米国科学アカデミー紀要「PNAS」に “What’s the science behind acupuncture?” という記事が掲載されました。


What’s the science behind acupuncture?

これは一つの実験結果を報告した原著論文ではなく、これまでの研究を振り返りながら、「鍼治療について、いま何がわかってきているのか?」を紹介した記事です。

取り上げられているテーマは幅広く、鍼をした場所で起こる反応から、感覚神経、脊髄や脳、自律神経、免疫、結合組織まで及びます。


記事で紹介されている内容を大きく整理すると、次のようになります。

レベル

記事で紹介される主な内容

局所・結合組織

アデノシン、collagen winding(needle graspに関係する結合組織の巻きつき)、線維芽細胞、mechanotransduction(メカノトランスダクション)、サイトカイン放出、結合組織リモデリング、fascia(筋膜)、interstitium(間質)

末梢神経

鍼周囲の感覚神経終末から脊髄・脳幹へ伝わる感覚入力、鍼通電刺激に反応する特定の感覚ニューロン

脊髄・脳

下行性疼痛調節、内因性オピオイド、セロトニン、ノルアドレナリン、疼痛処理、体性感覚野を含む脳機能ネットワークの変化

自律神経・免疫

vagal–adrenal axis(感覚神経―迷走神経―副腎を介する経路)、炎症反応・免疫調節、自律神経を介した全身反応

期待・プラセボ

expectation(期待)、placebo-related brain networks、sham acupunctureでも生理学的反応が起こり得るという問題、治療環境や文脈による疼痛・症状の変化

結合組織を介した遠隔作用の仮説

interstitiumを介した体液移動、ヒアルロン酸、fasciaによる機械的刺激から電気的信号への変換の可能性

鍼通電刺激・neuromodulation

刺激部位、深さ、周波数、強度、時間による反応の違い、vagal–adrenal pathway、bioelectronic medicineとの接点

こうして並べてみると、鍼の作用を「血流がよくなる」「自律神経が整う」といった一つの説明だけで捉えることが難しいことがわかります。

今回はPNASの記事を手がかりに、その中でも特に重要な研究をいくつか紹介します。


鍼灸の作用機序については、鍼灸のエビデンス|近年明らかになってきた作用機序と科学的根拠でもまとめています。


鍼をした場所では何が起きるのか

まず、鍼をしたその場所で起こる反応です。

皮膚や筋肉に鍼をすると、周囲の組織には物理的な刺激が加わります。局所では、痛みの調節にも関係するアデノシンなどの物質が関わることが報告されています。

PNASの記事では、こうした局所反応に加えて、結合組織についても取り上げています。

鍼を刺して回転させると、周囲のコラーゲンを含む結合組織が鍼に巻きつきます。これによって鍼と組織との結びつきが強くなり、術者には鍼が引っ張られるような抵抗として感じられます。いわゆる needle grasp と呼ばれる現象です。


この現象は、2000年代初頭からLangevinらによって研究されてきました。

鍼をさらに動かすと、その力は鍼の周囲にある結合組織へ伝わります。こうした機械的な刺激を受けて、線維芽細胞の形が変化することも報告されています。

細胞は、化学物質だけに反応しているわけではありません。押されたり、引っ張られたりする力も感じ取っています。

このように、物理的な力を細胞内の反応へ変換する仕組みを、メカノトランスダクション(mechanotransduction)といいます。

鍼を回すという操作を、細胞や結合組織の側から見てみると、このような反応が起きているわけです。


鍼の刺激は神経を通って伝わる

鍼による刺激は、刺した場所だけにとどまりません。

皮膚や筋肉には多くの感覚神経が分布しています。鍼によって生じた刺激は、それらの神経を介して脊髄や脳幹、さらに脳へ伝わります。

痛みについて考えるときに重要なのが、身体にもともと備わっている疼痛調節の仕組みです。

痛みの情報は、傷んでいる場所から脳へ一方向に送られているだけではありません。脳や脳幹から脊髄へ信号を送り、痛みの伝わり方を調節する仕組みがあります。

鍼治療では、こうした下行性疼痛調節に加えて、内因性オピオイドセロトニンノルアドレナリンなどとの関係も長く研究されてきました。

そのため、鍼による鎮痛は局所だけの変化ではなく、末梢神経から脊髄、脳までを含む神経系の反応として捉えられています。


痛みやしびれに対する鍼灸の作用については、鍼灸は痛み・しびれにどう作用するのか|科学的メカニズムでも紹介しています。


自律神経や免疫との関係

自律神経や免疫との関係も、近年の鍼研究でよく取り上げられるテーマです。

PNASの記事では、2021年にNatureに掲載されたLiuらの研究が紹介されています。

この研究では、マウスの足三里付近に弱い鍼通電刺激を行うことで、特定の感覚神経から中枢へ情報が伝わり、迷走神経を介して副腎へつながる経路が働くことが示されました。

この経路は vagal–adrenal axis と呼ばれ、炎症反応との関係が調べられています。


この研究で重要なのは、身体のどこを刺激しても同じ反応が起きたわけではない点です。

足三里付近と腹部では反応が異なり、その背景には刺激部位に分布する感覚神経の違いがありました。

鍼灸では「どこに鍼をするか」が重視されてきましたが、その部位による違いを神経解剖学の立場から調べた研究として興味深い内容です。


ただし、これは動物実験です。足三里への鍼刺激によって、人でも同じ経路が働き、同じような抗炎症作用が得られるとまでは言えません。基礎研究で示された仕組みと、実際の臨床効果は分けて考える必要があります。


この研究を含めた鍼灸の作用機序については、鍼灸のエビデンス|近年明らかになってきた作用機序と科学的根拠でも詳しく紹介しています。


結合組織や「筋膜」は鍼とどう関係するのか

PNASの記事では、神経系だけでなく、fascia(筋膜を含む結合組織)の研究にも触れています。

この分野の研究は最近始まったものではありません。

2001年、Langevinらは、鍼を回転させることで結合組織に機械的な力が伝わり、それが細胞の反応につながる可能性を報告しました。

翌2002年には、経穴の位置と筋肉の間などにある結合組織面との関係についても検討しています。

その後、研究対象は線維芽細胞や細胞外マトリックスだけでなく、interstitium(間質)と呼ばれる組織内の空間や、そこを移動する体液へと広がってきました。


PNASの記事では、こうした結合組織やinterstitiumが、鍼による刺激を離れた場所へ伝える仕組みに関係している可能性についても紹介されています。

ただし、この部分はまだ仮説的な研究です。「筋膜が経絡である」「interstitiumが経絡の正体である」と確認されたわけではありません。経穴や経絡と、神経や結合組織などの現代解剖学的な構造がどのように関係するのかは、現在も研究が続いているテーマです。


「プラセボ」はどう考えるのか

鍼治療の研究では、プラセボをどのように考えるかも大きな問題になります。

治療への期待によって痛みの感じ方が変わったり、それに伴って脳活動が変化したりすることは、鍼に限らず医療全般で知られています。

PNASの記事でも、expectation(期待)疼痛に関係する脳ネットワークについて触れています。

ここで鍼研究特有の難しさとなるのが、sham acupuncture(偽鍼)です。

薬の研究では、有効成分を含まない偽薬を用いることができます。一方、鍼の場合には、皮膚に触れる、浅く刺す、本来とは異なる場所を刺激するといった操作そのものが、感覚神経への入力になり得ます。

そのため、「まったく生理学的に作用しない偽の鍼」を設定することは簡単ではありません。鍼とsham acupunctureの差が比較的小さい研究を読む際には、この点も考慮する必要があります。

また、期待や治療の文脈によって生じる反応を「気のせい」と片づけることも適切ではありません。こうした要因も、脳や神経系を介して症状の感じ方に影響します。

鍼そのものによる刺激と、治療を受けることで生じる反応をどのように分けて評価するか。これは現在の鍼研究でも難しい課題の一つです。


さいごに

今回のPNASの記事からは、鍼治療の作用が、神経、脳、自律神経、免疫、結合組織など、さまざまな方向から研究されていることがわかります。

まだ動物実験や仮説の段階にあるものもあり、すべてが明らかになったわけではありません。TARAの研究責任者の一人であるVitaly Napadow氏は、「経穴についてはまだわかっていないことが多く、経絡という概念は生理学的というより哲学的で、その正体についてはさまざまな説がある」と述べています。

それでも、「鍼をすると身体の中で何が起きるのか」は、以前よりかなり具体的に調べられるようになってきました。鍼灸は昔からある治療法ですが、その仕組みについては今も研究が続いています。今後の研究に大いに期待しています。

 
 
 

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