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鍼で炎症はどう変わる? 2014年から2026年までの「鍼と免疫」研究

執筆者の写真: 大慈松浦鍼灸院
大慈松浦鍼灸院
48 分前
読了時間: 7分

鍼灸の作用については、痛みや自律神経だけでなく、炎症や免疫との関係も研究されています。

なかでも近年は、「鍼通電刺激によって炎症反応が変化するのはなぜか?」という問いに対して、神経科学や免疫学の手法を使った研究が進んでいます。


ここでは、2014年、2020〜2021年、そして2026年の研究をたどりながら、鍼通電刺激と炎症をめぐる研究がどのように進んできたのかを紹介します。


そもそも「抗炎症作用」とは?

炎症というと、「悪いもの」という印象を持つかもしれません。

しかし炎症は、感染やけがなどが起こったときに、身体を守るために働く重要な反応です。免疫細胞が集まり、さまざまな物質を放出して、異物の排除や組織の修復を進めます。

一方で、炎症反応が必要以上に強くなったり、長く続いたりすると、かえって身体の組織を傷つけることがあります。


そこで重要になるのが、炎症を必要以上に強くしないよう調節する仕組みです。

鍼灸研究で使われる「抗炎症作用」という言葉も、単純に「炎症をなくす」という意味ではありません。研究では、炎症に関係する物質の量や免疫細胞の活動がどのように変化するのかを調べています。


そして近年、鍼通電刺激によって起こる変化には、感覚神経、自律神経、副腎、免疫細胞などが関係している可能性が少しずつ明らかになってきました。


2014年:「鍼―神経―副腎―免疫」という経路が見えてきた

2014年、『Nature Medicine』にTorres-Rosasらの研究が発表されました。1)

研究では、強い全身炎症を起こしたマウスの足三里(ST36)に鍼通電刺激を行ったところ、TNFやIL-6などの炎症に関係する物質が低下しました。

LPSによる全身炎症モデルで、鍼通電刺激群と対照群の血中TNF、MCP-1、IL-6、IFN-γの推移を比較した4つのグラフ。鍼通電刺激群では複数の炎症関連物質が低値を示している。
鍼通電刺激群では、TNFやMCP-1など複数の炎症関連物質が対照群より低く推移しました。Torres-Rosas et al., Nature Medicine, 2014.

さらに詳しく調べると、この反応には坐骨神経、迷走神経、副腎が関係し、副腎髄質から放出されるドーパミンが炎症反応を抑える方向に働くことが示されました。

大まかには、足三里への鍼通電刺激 → 坐骨神経 → 中枢神経系 → 迷走神経 → 副腎髄質 → ドーパミン → 炎症反応の抑制という流れです。


つまり2014年の研究では、身体の表面に加えた刺激が神経を介して副腎に伝わり、その先で免疫反応に影響する可能性が示されました。


▶ この2014年の研究については、別の記事で実験内容や作用機序を詳しく解説しています。


2020年:「どこを、どのくらい刺激するか」が重要だと分かってきた

2020年、『Neuron』に発表された研究では、鍼通電刺激による反応は、どこを刺激しても同じではないことが示されました。2)


後肢の足三里付近を比較的弱く刺激すると、主に迷走神経―副腎系が働きます。一方、腹部の天枢(ST25)などをより強く刺激すると、脊髄を介した交感神経系という別の経路が関わりました。

この研究から、刺激する場所や強さによって、使われる自律神経の回路が変わる可能性があることが分かってきました。


つまり、「鍼をすると自律神経が整う」と一括りにするのではなく、どこを、どの程度刺激するかによって身体の反応は異なる可能性があります。


2021年:「足三里では、どの神経が刺激を受け取っているのか」

2021年、『Nature』に掲載された研究では、さらに一歩進んで、鍼通電刺激を最初に受け取る感覚神経に注目しました。3)


そこで重要とされたのが、PROKR2陽性感覚ニューロンです。

これは、身体の深い部分からの刺激を受け取る感覚神経の一群です。マウスの後肢では、骨膜や深部の筋膜などに分布しています。

マウスの後肢と腹部におけるPROKR2陽性感覚ニューロンの分布を比較した模式図。後肢では筋肉や骨膜まで神経線維が広がる一方、腹部では深部への分布が少ない。
PROKR2陽性感覚ニューロンは、後肢では筋肉や骨膜などの深部まで分布する一方、腹部では深部への分布が少ないことが示されています。Liu et al., Nature, 2021.

研究では、この神経を働かなくすると、足三里付近への低強度の鍼通電刺激を行っても、迷走神経―副腎系が十分に作動しにくくなることが示されました。


つまり研究は、「足三里を刺激すると反応が起こる」という段階から、足三里付近の深部に分布する特定の感覚神経が、反応の入口になっている可能性を示す段階まで進みました。

足三里付近のPROKR2陽性感覚ニューロンから脊髄、延髄、迷走神経、副腎へとつながり、炎症反応の調節に至る神経経路を示した模式図。
足三里付近への刺激が、感覚神経から脊髄・延髄を経て、迷走神経―副腎系につながる経路を示した模式図。Liu et al., Nature, 2021.

2026年:「免疫細胞の動き」を生きたまま見る

そして2026年、『Nature Biotechnology』にLuらの研究が発表されました。4)

この研究の中心は、RUSH3D-HRという新しい生体イメージング技術の開発です。生きた動物の体内で、広い範囲にいる何千もの細胞を高い解像度で3D撮影できるようになりました。


研究者らは、その応用例の一つとして、炎症を起こしたマウスの脾臓を観察しました。

炎症時には、好中球という免疫細胞が集団で集まるneutrophil swarming(好中球スウォーミング)がみられます。


新しい顕微鏡を使うことで、研究者らは1匹あたり6,000個を超える好中球を数時間にわたって追跡しました。

さらに、足三里に0.5 mA、10 Hz、20分間の鍼通電刺激を行うと、脾臓内の好中球スウォーミングが大きく減少しました。

炎症を起こしたマウスの脾臓内で好中球の動きを3D観察した画像。足三里への鍼通電刺激を行わない群では多数の好中球スウォーミングがみられ、0.5 mAの鍼通電刺激群では大きく減少している。
足三里への鍼通電刺激後、脾臓内の好中球スウォーミングが大きく減少しました。Lu et al., Nature Biotechnology, 2026.

つまり2026年の研究では、炎症に関係する物質を測るだけでなく、鍼通電刺激のあとに免疫細胞が実際にどう動いているのかを、生きた体内で直接観察することができたのです。

▶ この2026年の研究については、RUSH3D-HRによる観察方法や好中球スウォーミングの変化を別の記事で詳しく解説しています。


12年間で何が変わったのか

この研究の流れを並べると、研究者が問いかけている内容が少しずつ細かくなってきたことが分かります。

研究で見えてきたこと

研究の問い

2014年

坐骨神経、迷走神経、副腎、ドーパミンが関与

どのような経路で炎症反応が変わるのか?

2020年

刺激部位や刺激強度によって異なる神経回路が働く

どこを、どのくらい刺激すると、どの回路が働くのか?

2021年

PROKR2陽性感覚ニューロンが重要

刺激を最初に受け取る神経は何か?

2026年

脾臓内の好中球の動きを直接観察

その結果、免疫細胞は実際にどう動くのか?


2014年には、鍼通電刺激が神経を介して免疫反応に影響する可能性が示されました。

その後、刺激する場所や強さ、刺激を受け取る感覚神経、自律神経回路へと研究の焦点が細かくなり、2026年には、その先にある免疫細胞の集団行動そのものを観察できるようになっています。


つまり研究は、「炎症反応が変わる」→「どの神経回路が関わるのか」→「どの感覚神経が刺激を受け取るのか」→「免疫細胞は実際にどう動くのか」という方向へ進んできたと考えると分かりやすいでしょう。


ただし、人で同じことが起こると証明されたわけではありません

ここは非常に重要です。

今回紹介した一連の研究は、基本的にマウスを用いた基礎研究です。特に2026年の研究も、少数の動物を用いた実験であり、LPSという物質を使って人工的に強い炎症を起こしたモデルです。

そのため、好中球のスウォーミングが減少したからといって、「人の炎症性疾患に鍼治療が有効である」と結論づけることはできません。

また、2014年、2020年、2021年、2026年の研究は、それぞれ別の研究です。

これらを並べると一つの流れとして理解できますが、足三里から感覚神経、自律神経、副腎、免疫細胞までのすべてを、一つの実験で連続して証明したわけではありません。

それぞれの研究で得られた知見を組み合わせることで、鍼通電刺激と神経、免疫の関係が少しずつ見えてきたと考えるのが適切です。


「鍼と免疫」の研究は、見えなかった仕組みを少しずつ見る段階へ

2014年から約12年。鍼通電刺激と炎症をめぐる研究は、炎症に関係する物質を測る研究から、神経回路を調べる研究へ、さらに刺激を受け取る感覚神経を調べる研究へと進んできました。そして2026年には、免疫細胞が実際に生体内でどのように動いているのかを直接観察するところまで進んでいます。


鍼灸には、まだ分かっていないことが数多くあります。一方で、神経科学、免疫学、遺伝学、そして最新のイメージング技術を組み合わせることで、「身体の表面への刺激が、なぜ離れた臓器や免疫反応に影響しうるのか?」という問いを、以前よりも細かく検討できるようになってきました。


伝統的に用いられてきた鍼灸を、現代の科学でどこまで説明できるのか。その研究は、現在も続いています。


参考文献

  1. Torres-Rosas R, Yehia G, Peña G, et al. Dopamine mediates vagal modulation of the immune system by electroacupuncture. Nature Medicine. 2014;20:291–295.

  2. Liu S, Wang Z, Su Y, et al. Somatotopic Organization and Intensity Dependence in Driving Distinct NPY-Expressing Sympathetic Pathways by Electroacupuncture. Neuron. 2020;108:436–450.e7.

  3. Liu S, Wang Z, Su Y, et al. A neuroanatomical basis for electroacupuncture to drive the vagal–adrenal axis. Nature. 2021;598:641–645.

  4. Lu Z, Wang M, Chen W, et al. High numerical aperture confocal volumetric mesoscope reveals mesoscale subcellular dynamics in vivo. Nature Biotechnology. 2026.

 
 
 

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