三焦はinterstitium(間質)なのか? 古典と現代医学をつなぐ一つの仮説

更新日:9月11日
先日、『The New York Times Magazine』でinterstitium(間質)についての記事を読んでいました。
身体の中には、細胞や筋肉、血管、臓器の周囲などに液体を含んだ「すき間」があり、それらが全身につながるネットワークとして研究されている、という内容です。
読みながら、ふと「これって、東洋医学でいう三焦の考え方に近いのではないか」と感じました。
もちろん、interstitiumと三焦が同じものだと言いたいわけではありません。ただ、身体の表面から深部まで広がり、臓器の間をつなぎ、液体の移動にも関わるという話を読んでいると、どうしても三焦を連想します。
そこで文献を調べてみると、同じようなことを考えている研究者がいました。
2026年3月、『Frontiers in Physiology』に「The fascial-interstitial system and the sanjiao-mocou system: an analogy-based hypothesis for the anatomical basis of meridian pathways」というレビュー論文が掲載されています。
タイトルにある「Sanjiao」は三焦、「Mocou」は膜腠です。著者らは、古典医学にみられる三焦・膜腠という全身的な「空間と通路」の考え方が、現代医学で研究されているfasciaとinterstitiumのネットワークに似ているのではないかと考えています。
私が最初に連想したのは「手少陽三焦経」でしたが、この論文が主に扱っているのは経脈としての三焦経ではなく、より広い意味での「三焦(さんしょう)」という身体観です。調べてみると、こちらの方がむしろinterstitiumとの比較としては面白いものでした。
interstitium(間質)とは何か
interstitiumは、細胞や組織の間にある、結合組織や組織液を含む空間です。
2018年、Beniasらは、生体内で組織を観察し、コラーゲン束に支えられた液体を含む間質性の空間を報告しました。さらに2021年には、こうした間質性の空間がfasciaや血管・神経周囲の結合組織を介して、組織や臓器の境界を越えて連続する可能性も示されています。
fasciaも、単に筋肉を包む「筋膜」ではなく、皮下、筋肉の間、内臓周囲などに広がる全身的な結合組織のネットワークとして捉えられています。2025年には、fasciaとその内部のinterstitiumを含めた「human fascial system」という整理も提案されています。
古典の「三焦」と何が似ているのか
東洋医学には三焦(さんしょう)という独特な概念があります。胃や肝臓のように、特定の一つの臓器として示しにくいものです。
『難経』二十五難では、心包と三焦について「俱有名而無形」、つまり「名はあるが形はない」と記されています(『難経』二十五難 原文)
さらに『黄帝内経素問』の「霊蘭秘典論」には、三焦について有名な一節があります。
「三焦者、決瀆之官、水道出焉」
「決瀆」とは、水路を開いて水を通すという意味です。つまり古典では、三焦は身体の水液の流れに関係するものとして説明されていました(『黄帝内経素問』霊蘭秘典論 原文)。
また『難経』六十六難では、「三焦者、原氣之別使也」とされ、三焦は原気を全身へ通じさせる働きとも関係づけられています(『難経』六十六難 原文)。
もちろん、古典医学の「気」を現代医学の物質やエネルギーにそのまま置き換えることはできません。ただ、全身に広がり、身体各部をつなぎ、水液などが通るという三焦の特徴に、著者らはfasciaやinterstitiumとの類似を見ています。
文献のFigure 2を見ると、この仮説がよくわかる
この論文で特に興味深いのがFigure 2です。

Figure 2では、古典医学にみられる身体の「すき間」を、表層から深部へ段階的に並べ、それぞれを現代のfasciaやinterstitiumと比較しています。
Figure 2 | 古典の概念 | 著者らが比較している現代解剖 |
A | 腠理(Couli) | 皮下のsuperficial fasciaと間質 |
B | 分肉(Fenrou) | deep fascia、筋間中隔、筋肉間の空間 |
C | 溪谷(Xigu) | 深部の筋間、血管・神経周囲、関節周囲など |
D | 膜原(Moyuan) | 内臓周囲のfascia、胸膜・腹膜など |
E | 三焦(Sanjiao) | これらを統合した全身的なネットワーク |
Aの「腠理」は身体の比較的浅い部分、Bの「分肉」は筋肉と筋肉の間、Cの「溪谷」はさらに深い筋間や血管・神経周囲など、Dの「膜原」は内臓周囲へと進んでいきます。
そして最後のEでは、皮下、筋間、血管周囲、関節、内臓周囲が一つにつながったネットワークとして描かれています。著者らは、このA〜Dをまとめる全身的なシステムを「三焦」として捉えています(古典と現代解剖学を比較した概念モデルです。)。
ここが、この論文で最も面白いところです。
三焦を「身体のどこかにある一つの臓器」と考えるのではなく、身体の表面から深部、内臓周囲まで続く空間を統合したシステムとして考える。それが現代のfascial-interstitial systemと似ているのではないか、というわけです。
古典にも「腠」と三焦を結びつける記載がある
Figure 2のAに登場する「腠」については、『金匱要略』にも興味深い記載があります。
「腠者、是三焦通會元真之處、為血氣所注」
腠は、三焦が元真と通じ、血気が注ぐところとされています(『金匱要略』臓腑経絡先後病脈証 原文)。
もちろん、ここから「腠=superficial fascia」と結論づけることはできません。
ただ、古典医学でも皮膚や筋肉、臓器そのものだけではなく、その「間」にある場所にも生理的な意味を見いだしていたことは興味深いところです。
今回の論文では、腠理だけでなく、分肉、溪谷、膜原まで含めて「Mocou system」として整理し、それらを統合するものとして三焦を位置づけています。論文では、これを表層から深部へ続く「cavity-channel system」として捉えています。
この論文は、「interstitiumそのものが経絡である」と述べているわけではありません。
著者らが提案しているのは、fasciaとinterstitiumからなる全身的なネットワークがあり、その中に経絡に相当する「specialized functional channels(特殊化された機能的経路)」が存在するのではないか、という仮説です。
つまり、三焦・膜腠 → fascia・interstitiumと類似する全身ネットワーク → その中に経絡に相当する機能的経路があるのではないかという考え方です。
三焦がinterstitiumだった、という話ではない
この論文のタイトルには、最初から「an analogy-based hypothesis」と書かれています。つまり、これは「類推に基づく仮説」です。
「三焦の正体はinterstitiumだった」「古代中国人はinterstitiumを発見していた」と結論づけることはできません。古典医学の三焦、腠理、気と、現代医学のfascia、interstitiumは、それぞれ異なる時代、異なる医学体系の中で生まれた概念です。
現代のinterstitiumを知ったうえで古典の三焦を読み返してみると、「身体の中のすき間や通路にも意味がある」という古典の身体観が、これまでとは少し違って見えてきます。
New York Timesの記事を読んだときに感じた「これは三焦に少し似ているのではないか」という疑問から文献をたどってみたところ、まさにその問いを研究として形にしている論文に行き着きました。


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